モーツァルト『魔笛』あれこれ③ 12段の五線譜
モーツァルトは「魔笛」の譜面を書くときに12段の五線紙を使っていました。以下は序曲の最初のページです。
上から1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、1stフルート、2ndフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、ティンパニ、チェロとコントラバスという順序で並んでいます。現在目にするスコアの順番とは違いますね。弦楽器以外のパートは印刷が薄〜くなってますが、ちゃんと書いてありますよ。
次にご覧頂くのは印刷された楽譜の最初のページです。じっくり見ると印刷譜にあって自筆譜にない楽器があります。よーく見比べてみてください。
そうです、トロンボーンです。自筆譜にはトロンボーンが書いてないのです。12段の五線紙に収まらなかったのでしょう。トロンボーンのパートは以下のように別紙に書かれています。
この作品のオーケストラ編成は
フルート2 (うちピッコロ1持ち替え)
オーボエ2
クラリネット2 (2人ともバセットホルン持ち替え)
ファゴット2
ホルン2
トランペット2
トロンボーン3
ティンパニ
グロッケン(ジュドタンブル)
弦5部
となっていまして、12段の五線紙だとすべての楽器が書ききれない時があったんですね。2幕オーラス、忍び込みの場面から最後までは、トロンボーンやフルートも別紙扱いになっています。きっと16段の五線紙だったら収まっただろうに。当時はなかったのかしら?
そんなモーツァルトが、トロンボーンも含めたすべての楽器(グロッケンは除く)が演奏する音を12段の五線紙に納めて書き切った箇所があります。それは11番の僧侶の二重唱!時間にして1分ほどの小さなデュエットの後奏です。
このデュエット、歌はこんな内容。
「女の悪巧みに気をつけよ、
それが最初の盟約の義務!
賢者達すらだまされる。
悪しき行い、予期できぬ。
最後にはみんなに見捨てられ、
誠をむなしく罵られ、
腕をよじるが、ムダなこと!
死と絶望がその報い。」
まあ今の時代なら問題になるであろう、女性を見下したような歌です。その最後のセリフ
「死と絶望がその報い」
は哀れさの表現のためか、弱音のスタッカートで歌われ、そのあとの後奏でオーケストラが繰り返します。なんと!ここでは全オーケストラが参加するんですよ。わざわざこんな所で全楽器を使わなくても!と思う所で敢えて使う、というところにモーツァルトの何か人を食ったような洒落っ気を感じます。ではその箇所の自筆譜を見て頂きましょう。
おお、力業‼️フルートとオーボエとクラリネットは最上段一段にまとめて書いてます!クラリネットが in C なのでできたことです。以下1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、ファゴット、トロンボーン(贅沢に3段使用!)、トランペット、ティンパニ、チェロとコントラバス、ホルンと続きます。トロンボーンに3段も使っている割にはうまく12段に収まっています。
多分モーツァルトはこのスコアをすごいスピードで書いていたんだと思います。しかしながら全曲があれだけのまとまりを持っていて、全く破綻なく名作として成立していることを思うと、改めて彼の天才性に驚嘆せざるを得ません。
その④へつづく、、