京都市立葵小学校「葵カレッジ」奮闘記
葵小学校を知ったきっかけ
京都市立葵小学校のことを知ったきっかけは、教員研修にNVC(非暴力コミュニケーション)を取り入れたというニュースを読んだことでした。
2016年に、「反転授業の研究」と「ザ・メンタルモデル」の著者の由佐美加子さんとのコラボで、「Authentic Leadership 基礎講座」をオンラインで実施し、その中でNVCに触れました。それ以来、対話的な学びや、対話的なプロジェクトを実践していくうえで、NVCが有効だと考え、実際に実践の場で役立ててきました。
なので、ニュースを読んだときに、「おお!日本でそんなすごい試みが!」とワクワクしたのです。
葵小学校でNVC研修を担当しているのは、渋谷聡子さん。由佐さん界隈のネットワークで、よく名前を聞く方です。渋谷さんが代表を務めるファミリーコンパスの活動に関わっている友達もいます。僕の感覚では、近所に住んでいる人という感じ。
渋谷さんがNVC研修をやるようになり、葵小は、「対話の学校」として、様々な取り組みをするようになりました。なぜ、そんな取り組みがスタートしたのか?そのキーパーソンは、校長の市村淳子さん。
市村淳子校長との出会い
2018年に実施した「自己組織化コミュニティの作り方」に参加してくれた市村さんが、NVCを使って教員研修をやっている「あの葵小学校」の校長だということを知ったのは、ワークショップがはじまってしばらくたってからでした。
市村さんにZoomで話をうかがって、ワークショップの参加者のみなさんにも共有しました。そのつながりで参加者の一人が、葵小にゲストで訪問したりしました。
8週間のディープな学びのジャーニーを共にしたメンバーは、お互いに特別な繋がりを感じるものなのです。市村淳子さん(僕は、いちじゅんさんと呼んでいます)にも、特別な仲間感、同志感を感じています。
2021年のコロナ状況の中で、いちじゅんさんから連絡が来ました。そこから、非常に興味深いコラボレーションがスタートしました。
葵カレッジを手伝ってほしい
市村さんからの連絡は、葵小学校でやっている探究プログラム「葵カレッジ」を手伝ってほしいという依頼でした。
いちじゅんさんの頼みなら!ということで二つ返事で引き受けたのですが、葵小学校の取り組みをうかがって、「これはすごい!」とテンションが上がりました。
葵小学校は、「対話の学校」を掲げていて、NVCを取り入れた教員研修を実施しているところまでは知っていたのですが、それをOSにして、様々な学校改革を実施していたのです。
「働き方改革」について教員が対話を行って、「通信簿」「クラブ活動」を見直すことを合意形成して、教師と児童がいっしょにルーブリックを作り、さらに、クラブ活動の代わりに「葵カレッジ」という50時間の探究プログラムを始めたりすることになったとか。
それを、校長の鶴の一声で!とかではなく、教員同士の対話で行っていることがすばらしいなーと。授業ラボ、対話ラボという2つのプロジェクトチームがあって、ルーブリック研究や、対話研究を、教員主体で行っているそうです。
コロナで、対面でグループ学習が難しくなって、葵カレッジの進め方に行き詰っていたときに、ピンチをチャンスに転じるべく、GIGAスクールで一人1台配布された端末を活用した新しい探究学習プログラムを開発したい!ということで田原に声がかかりました。
そこから、葵カレッジのコアチームとの関わりが始まりました。
アオカレのコアチーム
葵カレッジのコアチームの先生方とミーティングを重ねる中で、だんだんと一人ひとりの個性をこちらが理解できるようになってきて、思っていることを聞かせてもらえる関係性も少しずつ育ってきました。
とても印象的だったのは、先生方が「対話的な構え」を持っているということです。これは、時間をかけて育まれてきたものなんだろうなーと、やり取りしながら感じました。葵小学校に根付いている文化の厚み、土壌の豊かさ、の存在を感じ取ることができたのです。
先生方の声をヒアリングしながら、「対話ラボ」を中心とした活動と、「授業ラボ」を中心とした活動が、どのように葵カレッジの活動に繋がっていくのかを探り、対話的なコミュニケーションから見えてきたことをMiroに構造化していったら、「これだ!」と思えるカタチが見えてきて、未来に光が差したような気がしました。
暗中模索のカオスを潜り抜けて、未来が出現した感じでした。探究の方法論の解像度を上げるために、助っ人を招集しようということで、あの人をプログラムに誘うことにしました。
池田哲哉さん登場
対話の中から浮かび上がってきた悩みの中で大きかったのは次の2つでした。
1)適切な課題設定をどのようにすればよいのか?
2)探究学習をどのように支援すればよいのか?
悩みを言語化して、問いにすることができれば、方向性が見えてきます。この2つの悩みについて、適切なアドバイスができる人物が、池田哲哉さんでした。
学びの道研究所代表の池田哲哉さんは、PBL(Project Baced Learning)の研究者であり実践家です。池田さんとは、1年ほど前から「ワクワク循環ラボ」というプロジェクトで一緒に活動しています。
池田さんは、PBLのためのワークシートを独自に開発していて、それを手がかりに進めていくと、探究学習をスムーズに進められるのです。
池田さんは、「探究学習は、モチベーションをかけることが大事なんです。そのためには、ちょっと無茶ぶりをするのが必要。自分の枠を少し超えたあたりに課題を設定するんです。」と言い、豊富な経験に基づき、様々な具体例を示しました。
また、実際に先生方が池田さんのワークシートに書き込み、それに対して池田さんが声かけしてまわるというワークショップを行いました。先生方が児童に声かけするときのヒントにするために、池田さんの声かけをピックアップしてリスト化しました。
葵小の「授業ラボ」のプロジェクトチームが、池田さんのワークシートを参考にして、「アオカレワークシート」を作成しました。「授業ラボ」のメンバーが議論している動画を拝見しましたが、白熱した議論が展開していました。対話の土壌が育まれているからこそ、それぞれが意見をぶつけ合うことができるのだと感じました。
ワクワクシェア会
葵小の先生方は、最初、子どもたちが探究する内容について知らないと支援できないと考えているところがありました。
コロナになって対面のグループワークができなくなった昨年、児童一人ひとりが自分の好きなテーマを探究することになった結果、教師の理解の範囲を越えて途方に暮れてしまったという経験が、気持ちを重くしていたのです。
子どもたちがやりたいことをやらせてあげたいけど、自分たちにも分からないことがある。どうしたらよいだろうか。
突破口を模索するために、池田さんたちと一緒にやっているイベント「ワクワクシェア会」に、葵小のコアチームの先生を誘ったところ、3名の先生が参加することになりました。
「ワクワクシェア会」とは、橘川幸夫さんが考案した「未来フェス」を土台にして行っているもので、参加者一人ひとりが、自分がワクワクしていることを5分以内で発表するというものです。
高校生、大学生、社会人が混じり合ってフラットに5分ずつ発表し、その後、自由におしゃべりするというシンプルな構成なのですが、一人ひとりが様々なことに興味を持っているのだという事実に触れると、結構、衝撃があります。全く知らない世界に次々に出会う経験でもあります。
葵小の先生も、自分のワクワクを発表し、参加者の一人として「ワクワクシェア会」を体験しました。
葵小のすごいところは、その後でした。「ワクワクシェア会」の体験を持ち帰った彼らは、葵小の先生方で「ワクワクシェア会」を実施することにしたのです。お互いの知らなかった側面や強みなどが見える化されることになり、「そのテーマなら、○○先生に相談してみたら?」と児童を繋げる体制が出来上がりました。
また、「まずは、先生がワクワクしていることが大事」という言葉が出てきて、子どもの「やりたい」だけじゃなく、先生の「やりたい」も踏まえた形でテーマの大枠が決まり、先生のニーズが満たされる形で担当が配置されていきました。
デジタルファシリテーション研修
「葵カレッジ」が、実際にスタートすると、次の課題が見えてきました。探究学習のファシリテーションをどのようにしたらよいのかという迷いが、具体的に関わる中で生じてきたのです。
そこで、田原が「デジタルファシリテーション研修」を行うことにして、考え方を整理することにしました。
先生方にお伝えしたのは、「ヨコの触発」と「タテの触発」という2つの方向性があるということです。
「ヨコの触発」というのは、友達の活動に刺激を受けるということです。様々な違いがあるのだという事を知り、自分のやっていることや考えていることを相対化して、枠を広げていきます。
枠が広がると、広がった枠の中で結論を出すために、より普遍的な考えへと深まっていきます。そして、その考えを表現するための工夫が必要になります。深まる方向、表現する方向への触発が「タテの触発」です。表現する方向へ意識が向いているときに、「本物」「プロフェッショナル」などから直接に話を聞くと、刺激を受けます。そのような機会を作るのもファシリテーターによる「タテの触発」の一つです。
「ヨコの触発」「タテの触発」という共通概念を作ったことで、その時々で、どちらが必要なのかを見極めて関わるようになったのではないかと思います。
2月8日 葵小学校研究発表会
時間をかけて「対話の学校」という組織文化を育み、GIGAスクール構想で導入された端末を利用して、オンラインと対面を組み合わせた探究学習プログラムを実施した「葵カレッジ」は、全国の公立学校の先進事例です。
その成果を、オンライン研究発表会という形で発信することになりました。
火曜日の13時半ー17時という時間帯だったのにもかかわらず、約150名の方が申し込んできました。
研究発表会は、以下の3つから構成されていました。
1)葵カレッジのプロセスを振り返り、田原、池田を含めて座談会を行う
2)子どもたちの発表の録画視聴と講評
3)渋谷聡子さんによるNVCワークショップ体験
葵カレッジのプロセスの振り返りでは、先生方が次々と出てきて、当事者としての実感を語りました。その在り方が素敵で、言葉に力がこもっていて、説得力に溢れていました。
市村さんが、聴き手になり、私と池田さんも、葵カレッジのプロセスについて感じたことを話しました。
その後、子どもたちの発表の録画を視聴したんですが、自分が興味のあることを探究しているせいか、発表に熱がこもっていて、引き込まれました。
その中で、「おお!」と思ったのが、川の水質汚染の探究の発表で、「コロナ状況で、河原のゴミが増えている」という事実に対する考察でした。
単純に「ごみを捨てるのはいけない」と断じるのではなく、「飲食店などが閉鎖になり、買ってきたものを河原で食べる人」の事情も思いはかったコメントをするのを聞いて、自分の側からだけでなく、相手の側からも考えるという対話の土壌が、子どもたちにも育まれているのだということを実感しました。
最後の渋谷聡子さんのNVCワークショップを体験したのですが、私自身も対話の場を作っているので、渋谷さんが設定している対話の深さがどのくらいのレベルなのかをうかがい知ることができました。本当に自分自身をさらけ出すレベルを設定しているのだと思いました。それを4年前から継続的にやってくる中で、先生方は自分の枠組みをメタ認知せざるを得ない状況になり、葛藤を抱えながら悪戦苦闘してきたのでしょう。その4年間のプロセスを思い浮かべると、胸が熱くなりました。
葵モデルが示す可能性
「主体的・対話的な深い学び」を本気で実践するのなら、学校に対話型組織開発を導入し、組織に対話文化を育む必要があります。教師に対話文化が育まれた結果として、生徒にも対話文化が育まれるからです。
渋谷聡子さんがNVCをベースにした教員研修を4年間続けて来たのは、まさに、対話型組織開発であり、その結果として、困難な状況でも、お互いに正直な気持ちを出し合いながら、突破していくことができる組織になってきたのだと思います。
GIGA端末を活用したハイブリッド環境における「葵カレッジ」は、対話文化の土壌の下で実現したイノベーションです。
私と池田さんは、そのイノベーションのプロセスに伴走しました。校長が後方支援に回り、コアチームと私たちで、カオスの海を渡っていくという体制が、教員一人ひとりの当事者意識が高まり、イノベーションが起こりやすい状況を生み出しました。
研究発表会における葵小の先生方からは、一人ひとりが当事者意識を持って関わっていることが、誰から見ても明らかで、感動的でした。
葵小学校の取り組みは、私たちに日本の教師のポテンシャルの高さを示し、同時に、公立学校でここまでできるのだという存在証明を与えてくれました。
対話型組織開発によって対話文化を育み、その上で、教師主体のプロジェクトチームが立ち上がり、GIGAスクール構想によって広がる新しい学びの可能性、学校の在り方の可能性を、教師主体で探究していくのが「葵モデル」だと私は感じました。
研究発表会の後、渋谷さんとも、「葵モデル」を広げていこうと話しました。
葵小学校が、「特別に」すごいのではなく、私たちの中から出てきた葵小学校が、あそこまでできたということだと思います。
私たちは、「できる」のだということを、「葵モデル」は示しています。
未来へ向けて挑戦していきましょう。
必要であれば、私たちが伴走します。
関心のある学校関係者の方は、お声がけください。