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居合道歌〜第2首 二本目〜道を歩む者達の御伽話
あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ
この居合道歌には、武道における心構えや精神的な教訓が込められています。以下、3つの教訓。
1. 数ではなく心が勝敗を分ける
• 「あまたにて 勝たれざりし」とは、単なる数の多さや力の強さでは勝てないことを示しています。これは、戦いにおいて数的優位が必ずしも勝利につながるわけではなく、むしろ心のあり方や精神の統一が重要であるという教えです。武道だけでなく、人生においても数的・物理的な優勢よりも、精神の充実や覚悟が勝敗を決することを示唆しています。
2. 「明剱(めいけん)」とは澄み渡る心の剣
• 「心明剱の太刀」とは、技術的な剣だけでなく、澄み渡った心を持つ者の剣を指します。ここでの「明剱」は、単なる鋭い剣ではなく、明鏡止水の心を持った者が振るう剣を意味します。剣術においては、心の乱れが刃筋の乱れにつながるため、純粋な心と正しい意志を持つことが剣を正しく振るうことにつながるという教えです。
3. 剣の道を楽しむ境地に至る
• 「太刀を楽しめ」とは、単なる勝ち負けにとらわれず、剣の道そのものを楽しむ心の余裕を持つことを意味します。技術や力だけを追求するのではなく、精神的な成長や鍛錬そのものを喜びとすることが、真の武道家の姿勢であるという教えです。この境地に至れば、勝敗を超えた深い悟りを得ることができるでしょう。
この歌は、単なる剣技の鍛錬ではなく、心と剣を一致させることの大切さを説いています。それは「剣は単なる武器ではなく、心の在り方を映すもの」という、武士道や禅の思想にも通じる考え方です。
寓話「心明剱の太刀」
出会い
美咲(みさき)は30代半ば。仕事は充実していたが、そろそろ結婚を意識し始めていた。そんなとき、婚活サイトで出会った悠人(はると)という男性に惹かれた。写真の彼はスーツ姿がよく似合い、プロフィールには「誠実で堅実。将来を見据えた投資をしている」とあった。
最初のデートで彼は紳士的だった。笑顔を絶やさず、美咲の話をよく聞いてくれた。何より、彼の落ち着いた口調と自信に満ちた話しぶりが心地よかった。
「僕は堅実な未来を築きたいと思っているんだ」
そう言われたとき、美咲は心がふわりと浮くような感覚を覚えた。誠実な人だ、と思った。
セールストーク
数回のデートを重ねたある日、悠人が真剣な顔で切り出した。
「美咲さんは、将来のために資産運用を考えたことはある?」
「えっ、資産運用?」
「そう、例えばワンルームマンション投資とか。僕もやってるんだけど、すごく合理的な仕組みなんだ」
そう言うと、悠人はスマートフォンを取り出し、投資のメリットを語り始めた。
「都心のワンルームは需要が安定してるし、家賃収入がローンを相殺してくれる。最初の自己資金はほとんど不要なんだよ。銀行が貸してくれるし、家賃収入で返済できるから、むしろお金を生み出す資産になるんだ」
美咲は、相槌を打ちながら聞いていた。
「不動産はインフレにも強いし、万が一のときも売れば資産になる。サラリーマンはローンが組みやすいから、今がチャンスなんだ」
美咲は「へぇ、そうなんだ」と微笑んだ。悠人の語り口は滑らかで、まるで魔法のように聞こえた。「悠人さんはしっかりしてるな」と思った。
「美咲さんも、将来を見据えた選択をするなら、一緒に考えてみない?」
心が揺れた。彼は誠実そうに見えるし、結婚を考えられる相手だ。そんな人が「将来のために」と言うなら、きっと悪い話ではないのだろう。
心の剣が動く
しかし、家に帰って一人になったとき、悠人の言葉を思い起こしながら、心の奥に小さな違和感が芽生えた。
——家賃収入でローンを返せる? でも、空室になったら? 修繕費は? 不動産価格が下がったら?
彼はデメリットには一切触れなかった。ただ、「大丈夫」「リスクはない」と言うばかりだった。
(あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど)
悠人の言葉は、戦いの中で数の力を頼る武将のように聞こえた。しかし、彼の言葉に「心明剱の太刀」はあっただろうか?
彼は本当に、誠実な人なのだろうか? それとも、ただの投資話を持ちかける人なのだろうか?
美咲はスマートフォンで「ワンルームマンション投資 失敗」と検索した。そこには、サブリース契約のトラブル、家賃の下落、売るに売れない資産——不都合な現実が並んでいた。
「明剱(めいけん)」とは、澄み渡る心の剣。美咲の心が冴えわたる。悠人の語る未来は、確かに魅力的だった。だが、それは「勝ち」に執着するあまり、本質を見失った言葉ではなかったか?
彼の「誠実」は、彼自身の利益に基づいたものではないのか?
美咲は、悠人にメッセージを送った。
「ごめんなさい、投資の話は私には合わないみたい」
悠人からの返信は、しばらくなかった。そして、数時間後に短いメッセージが届いた。
「そうか。まあ、興味があったらまた話そう」
その言葉に、美咲は確信した。悠人の本当の目的は、彼女との未来ではなく、投資の勧誘だったのだ。
(太刀を楽しめ)
真の剣士は、ただ勝ちに執着するのではない。剣を振るうことそのものを楽しみ、鍛錬を続ける。美咲は、自分の人生の剣を、しっかりと握り直した。
「私には、もっと大切なものがある」
そう呟いた彼女の心には、明るく澄んだ剣があった。