「本のある暮らしーその11」―本屋が本を売らないで何をどうするつもりだ?―と言わんばかりのまっすぐさである。|MASATO ZAITSU @BookHiroshima #note|MASATO ZAITSU @BookHiroshima #note
尾道に本社を置く啓文社という新刊書店がある。広島県の地場書店チェーンであるが、そこに私より一歳年上の児玉憲宗(けんそう)さんという方がおられた。
児玉さんはすでにご病気で亡くなっておられるが、私が知り合った時は車椅子で書店員業務をバリバリこなす全国的に有名な方であった。
『尾道坂道書店事件簿』(発行本の雑誌社)の著者でもある児玉さんは典型的な書店員である半面、書店員にあまりいないタイプの方であったと思う。この相反する二つであるが、まず、本屋は本を売って何ぼ、であるという当然の事を追及されていた。同時に、持っている熱量が書店員にはあまり見かけないという意味である。全然ひょうひょうとしていない。必死さを全く隠さない感じといえばわかるだろうか。書店や本に対して斜に構えたところがない。
―本屋が本を売らないで何をどうするつもりだ?―
と言わんばかりのまっすぐさである。
「明日版元がくるから、恥ずかしくない書棚にしておくように」
こう指示を出す児玉さんを見たことがある。私は児玉さんと頻繁に会っていたわけではない。それでも会う時は楽しさと緊張感が二つ自分に湧きあがってくるのを実感できた。
児玉さんの訃報は出張先の沖縄県で知ったが私は児玉さんの葬儀告別式には出られなかった。その数年前に同社新規店のお祝いに店舗へ伺った際、私は外部の人間としては一番乗りだった。大勢の人が来ると予想できたので、混雑する前に児玉さんと接する時間を持ちたかったからだ。
児玉さんは車椅子で私の方へ来て下さり、わざわざどうも、とにこやかに接してくださった。「本分社で本屋大賞を狙いたいのですが、どうすればいいですかね?」私は今思うと顔から火が出るような下卑た質問を児玉さんに投げた。
「財津さん、まず全国の書店員へゲラ(印刷前の原稿)を本の体裁にしたもの(いまはプルーフと呼ばれているらしく、それが届くのが書店員のステータスの一つとなっているみたい)を配布するところから始まるので、やらない方がいいかと思います」と言ってくれた。児玉さんの答えは明確できびしくかつやさしかった。小さな出版社では、ゲラを全国の書店へ大量に配付するなんてことは不可能である。本分社でも本屋大賞を獲れるかもしれない本であるという前提で答えて下さったと私は一人合点をし、その日とても嬉しかった。
本屋大賞に限らずベストセラーになったり、何かの賞を獲る作品はすべて素晴らしい。しかし、おなじ素晴らしさの本がすべて売れたり賞を獲れるわけでは当然ない。あきらめたわけではないが、無理はしないでおこうとその日から決めた。私は児玉さんが時折見せるヒリリとした表情がとても好きだった。
追記
そしてその後2024春に開催した「第一回ひろしまブックフェス」に参加してくださった関西の小規模出版社の本が、本屋大賞にノミネートされた。惜しくも受賞は逃したが、現在色々変化が起きているのかもしれない。
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