『グッドモーニング、ベトナム』に関する個人的な話
ふと映画を観に行って、まさか泣かされるとは思わなかったという作品がある。その中でも自分の中でインパクトが大きかったのは、バリー・レヴィンソン監督、ロビン・ウィリアムズ主演の『グッドモーニング、ベトナム』だ。劇場公開当時、今はなき新宿文化シネマで観て、目を真っ赤にしながら映画館を出るのがちょっと恥ずかしかった。その後、ビデオで観て、レーザーディスク、DVDも持っている。テレビ初放送は1993年1月にフジテレビの深夜で、ウィリアムズ=江原正士、フォレスト・ウィテカー=安西正弘、ブルーノ・カービー=真地勇志、J・T・ウォルシュ=麦人という吹き替えキャストだった。ちなみに、ソフト版はウィリアムズ=安原義人、ウィテカー=水島裕、カービー=三ツ矢雄二、ウォルシュ=堀勝之祐というキャスト。劇場公開以後、リバイバル上映されることもなく、劇場のスクリーンでは観る機会もほとんどないのが残念だ。
舞台は1965年のベトナム・サイゴン。アメリカ軍のラジオ放送局にウィリアムズ演じるDJのエイドリアン・クロンナウアが赴任してくる。彼の担当する番組は“グッドモーニング、ベトナム!”という雄叫びから始まり、軍に対する皮肉やジョークを交えたマシンガントークと、軍指定の推薦曲を無視したロック音楽(マーサ・リーヴス&ザ・バンデラス、ザ・ビーチ・ボーイズなど)を積極的に流し、それまでの常識を覆すような放送で兵士たちの人気を得る。エイドリアンはサイゴンの街でチンタラ・スカパタナ演じるベトナム人少女トリンにひと目ぼれし、トゥング・タン・トラン演じる彼女の兄ツアンや、アメリカ軍が主催する英語教室の生徒たちとも友情を深めていくが、ベトナム戦争が次第に泥沼化し、エイドリアンたちの近くにも暗雲が立ちこめてくるというのが物語の大筋だ。映画の冒頭から前半はエイドリアンのマシンガントークと、ベトナム人たちとの交流がユーモアを交えたコメディータッチで描かれる。だが中盤、エイドリアンの目の前で爆弾テロが起こったことをきっかけに、作風は一変する。軍が情報統制していることに反感を覚えたエイドリアンが取った行動で謹慎処分となり、ウィテカー演じるガーリックと車に乗っているときに、戦地へ赴く若い兵士たちと出会い、落ち込んでいたエイドリアンが奮起してDJを披露する場面がある。前半までのDJシーンとは違う、笑顔にならない笑顔の中に悲しみを浮かび上がらせるウィリアムズの表情に思わず泣かされた。その後、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」が流れる中で、アメリカ兵の様子やアメリカ軍による攻撃、デモの様子などが映し出される皮肉といったらない。さらに、アメリカ人とベトナム人の境遇の違い、親友だったはずのツアンの裏切り、ベトナムに別れを告げる日に果物を使ったベースボールをして、ベトナム人生徒たちとの約束を果たすなど、ヒューマンドラマとしての度合いがさらに増していく。声高ではないが、戦争の場面をほとんど描写せず、“戦争反対”という静かなメッセージを映画に込めたレヴィンソン監督の巧みな演出が光る。そして、この作品の中では嫌われる役割を負うカービーとウォルシュの演技巧者ぶりも見事だ。この作品でウィリアムズはゴールデングローブ賞の主演男優賞を獲得し、オスカーの主演男優賞にノミネートされたのも納得の名演技だと思う。
過日、『いまを生きる』に続いて、フジテレビ深夜の『ミッドナイトアートシアター』で放送されたのを録画で再見した。やはり同じ個所で泣いてしまった。ウィリアムズの笑顔には何度も泣かされてきたが、やはり、この作品で見せる笑顔は際立ってスゴい。こんな素晴らしい役者、もう出てこないだろうなぁ、と、つくづく思ってしまった。