フェイブルマンズ
『続・激突! カージャック』で長編映画デビュー以来、『JAWS ジョーズ』、『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『ジュラシック・パーク』シリーズなど、数多くのヒット作を生み出してきたスティーヴン・スピルバーグ監督。テレビムービーとして製作され、海外では劇場公開された『激突!』で注目される前には『刑事コロンボ 構想の死角』など、数々のテレビムービーを手掛け、その当時は現在のような地位の監督になるなんて思ってもいなかっただろう。そんな彼が映画監督を目指すようになったきっかけを描く自伝的といえる作品『フェイブルマンズ』が日本でも公開され、第95回のオスカーでは作品賞ほか、計7部門でノミネートされている。
両親に連れられて行った映画館でセシル・B・デミル監督の『地上最大のショウ』を観てから映画に夢中になった少年サミー。そんな彼にミシェル・ウィリアムズ演じる母のミッツィはポール・ダノ演じる父バートの8ミリカメラを与え、おもちゃの汽車を使った映像を撮り始める。サミーは妹たちをキャストに据えて映画を撮り、成長するのと当時に仲間たちと自主制作の映画作りにのめり込んでいく。そして、祖母が亡くなったことをきっかけに、母のためにと家族の姿をカメラに収め、父に買ってもらった8ミリの編集機を使って自分で編集も始める。だが、編集中に母親の微妙な変化を発見し、次第に不信感を募らせていく……というのが簡単な流れだ。
幼いころに家族に映画館に連れて行ってもらい、映画ファンになった方も多いはずだ。そんな映画ファンとしての心理をくすぐるように、スピルバーグ監督は自身の映画体験を投影させながら物語を展開していく。この映画の原題は『THE FABLEMANS』で“フェイブルマンズ一家”という意味。サミーというスピルバーグ監督自身を投影したようなキャラクターの目を通した家族ドラマなのだが、映画を観ていくと、実質的な主役はウィリアムズ演じる母親のミッツィであることがわかる。ダノ演じる父親バートと、彼の親友であるセス・ローゲン演じるベニーとの間で揺れ動く女性としての心情を実に巧みに演じ、オスカーの主演女優賞にノミネートされるほどの実力を見せる。ダノ、ローゲンも抑えた演技で、ウィリアムズの演技を引き立てている。そして、スピルバーグ監督らしい上手さだと思ったのは、サミーが家族を撮った8ミリフィルムを編集していくうちに、フィルムの中でミッツィの心の変化を発見させるというシーンだ。映像の中だからこそ人間の心情が浮かび上がるのを実際に8ミリフィルムを使って描写するのは監督ならではの発想だと思うし、そんな抜群のセンスを見せるスピルバーグ監督の手腕はまだまだ衰え知らずだ。そして、ガブリエル・ラベル演じる高校生のサミーが高校の卒業記念におさぼり日の様子を撮影し、それを編集してプロムで見せるシーンがあるのだが、そこでは卓越した編集技術で不遇だった高校生活に一矢報いるという展開がある。映画の力の凄まじさを見せつけるのだが、編集次第で人の人生を変えてしまうという凶器にもなりうるという危うさをも表現しているのところに、どこか恐ろしさをも感じさせる。とはいえ、映画のところどころには、過去のスピルバーグ作品への目配せもあり、このシーンはこの映画ではないかと推察するのも楽しみのひとつだろう。
そして、ラスト近くには映画ファンに対するサプライズというべきシーンがある。まだ未見の方もいるかと思うので、ここでは内緒にしておくが、もうニヤニヤして、胸がワクワクさせられることは間違いない(知らない方にはちんぷんかんぷんかも)。昨今の長尺映画にならったかどうかはわからないが、151分という上映時間で描かれる物語は幼いころからの映画ファンとっては昔を思い出させてくれるのがたまらないし、映画ファンで本当に良かったと思わせてくれる驚きに満ちている。