第3話 勘違い課長:リーダーのつぶやき、フォロワーのつぶやき
今回もお読みいただきありがとうございます。今回は、自身をすごいリーダーと勘違いしているK課長について書いていきたいと思います。
今回も居酒屋でのシーンからスタートです。K課長とその部下の課員数名で、仕事の帰りに飲んでいます。「じゃ、お疲れ様~」課長の発声で、みんな一斉に杯を挙げました。
今日の飲み会は、課長が仕事が終わる数分前に、突然「飲みに行くか~」と言ってみんなを誘って実現したものです。課長を除く、課員12名中10名が参加で、居酒屋に向かう途中も、部下を引き連れて課長は意気揚々と足取りも軽く会社を後にしました。居酒屋に入るときでも、まだ時間も早く、ほとんどお客様がいないにもかかわらず、課長自ら、居酒屋のマスターに、「11名だけどいい?」とわざわざ、大人数であることを鼓舞するように得意満面で入っていきました。客扱いに慣れている居酒屋のマスターは、「K課長、今日はまた大勢でのご利用いただきありがとうございます。どうぞ奥の座敷へ」と迎え入れました。
このようにして始まった本日の飲み会も、30分もすれば、酔いが回り始める人も多く出てきました。
Aさん中心に話が盛り上がっています。「隣の課のS課長は、結構人使いが荒いそうだぜ。」「部下社員が、会議の資料を一生懸命まとめたのに、お礼の一つもなく、その資料もって会議に行ったみたいだぜ」「部下社員に、少しはねぎらいの言葉をかけてやればいいのにな。俺は絶対に、あんな課長の下では働きたくないよ。」
K課長は、他の社員から注ぐビールを受けながら、耳だけはAさんらの話をしっかりと捉えて、聞き逃しません。S課長は、K課長とほぼ同期入社で、他人の悪口は蜜の味のごとく、K課長は、ますます気分がよくなってきました。
別の席では、話が、仕事の内容になっています。Bさんが、先月、出入り業者から、課の文房具を予定価格よりも20%も安く購入した方法について熱く語っています。「ほんと、あのときは、業者との駆け引きの中で、値引きができると踏んだから、当方からは最初、定価の60%程度の極端に低い額を提示し、最終的には当方の思惑内の定価の80%で落札できた。」とBさん。「やはり値切りの極意は、最初は、極端な安い額を提示して、最終的には、自身の想定内価格で落札するということなんだよ」と、最近入社したてのCさんに「そして何よりも大切なのは、テクニックよりも、会社や課長にいかに得をしてもらうかという意識なんだ。」と課長に聞こえることを想定しながら、ビール片手に、教えるように語っています。
K課長の隣に座った、Dさんは、課長の過去の武勇伝を聞きながら、「すごいですね。課長には絶対にどこまでもついていきます。」と酔いに任せて、歯の浮くようなお世辞を言っています。まんざらでもない顔で、ビールを受けながら「またまた、上手を言って、飲み過ぎじゃない」とK課長。……このような形でK課の飲み会は2時間程度でお開きとなりました。
ここで、部下社員であるA、B、Dさんたちのつぶやきを聞いてみましょう。AさんとDさんは、帰宅方向が一緒なので、課の飲み会の後、別の居酒屋で飲み直しています。そこでの会話です。チュウハイ片手に、話をしています。
「隣のS課長は、本当に、部下にお礼も言わんのん?」、Bさんが聞くと、「K課長がいつもS課長のことをライバル視しているので、リップサービスで言ったんよ。」「S課長は隣の課だし、自分とは関係ないので正直、どうでもいいのよ。それよりも、K課長が我々のことを重視するようS課長のことを例に出したんよ。」とAさんが返事しています。今度は、AさんがDさんに、「それより、課長の隣でやけに楽しそうに話をしていたじゃない。」、それに対してDさんは、「K課長の武勇伝を聞くのも楽じゃないんだぜ、でも基本的にK課長は単純なので、SZの法則さえ守っていれば間違いないんよ。」
「SZの法則?」
「俺が作ったんだけど、S(すごいですね!)とZ(絶対ついていきます)を略してSZの法則と呼んでいるんだ。」とDさん。「SZの法則の最上級がSIの法則」わかった「S(すごいですね)、I(一生ついていきます)だろ」笑いながらAさん「結構、いろいろな場面で使えそうだな。SZの法則、俺も覚えておこう。」
「それより、今日の飲み会、K課長が急に言い出すもんだから、今日、見たいテレビがあったのに。結局女房に録画を頼んだけど、急に言いだすのは勘弁してほしいよな」
「かといって、断れば、人事評価に響くかもしれないし。どんな嫌がらせをされるかわからないし。」「そうそう、しょうがないから喜んでついていくふりをしたけど。」とDさんも同意しています。
一方、Bさんは、徒歩で帰宅途中、「値切りの極意なんて、課長がいたので、建前的に、会社や課長に得をしてもらうなんて、新人社員には言ったけど、本当は自分の金じゃないし、いくらでもいい。本年のところは、自分の力がどれくらいあるかを試したいだけなんだ。」
と心の中でつぶやいていました。
そんな部下社員の邪心を知らぬK課長は、自宅に帰って、お風呂の湯船につかりながら、「今日は本当に楽しかったな。部下社員も、私の前では本音を言ってくれる。心を開いている証拠だよな。S課長のうわさも聞けたし。S課長を反面教師に、部下社員が何かしてくれた際には、まずお礼を忘れてはいけないことも教えてくれた。肝に銘じておこう。口でお礼を言うのはタダだし。」
「以前読んだリーダーシップの本では、部下がついてくることが大切だと書かれてあったように思う。まさに、急に飲みに行こうといったのに、12人中10人がついてきてくれた。これは、私がリーダーシップを発揮した証拠だよな。」「出入りの業者も、よく、課長には一生ついていきますとか、課長にはかなわないなとか言って、無理をきいてくれたりしている。これは、私でなければやってくれないことだし、自身のリーダーシップは社内だけじゃなく、社外にも通用するようになった証拠だよな。」と終始ご満悦な夜を過ごしたのでした。
Aさん、Bさん、Dさんは、課長がいる席では酔いに任せて、本音のような話をしていました。しかし、彼らのつぶやきを聞く限り、本音ではないことが分かりました。当たり前と言えば当たり前なのですが、上司がいる席なのでので、組織に勤める者として、いくら酔っていても、本当の本音を言うはずもありません。なので、「本音もどき」とでもいった方が適切かと思います。この「本音もどき」という言葉を敢えて、定義づけるとするならば、「その場の人と雰囲気を読み取った上で、展開される本音と建前との間の中間的なイメージ」とでも言いましょうか。組織の中ではかなりな頻度で使われることが多いと筆者は感じています。中には、この「本音もどき」を戦略的にうまく活用して、組織の階層をある程度まで上り詰めた人もいます。どうしてそのようなことができるかと言いますと、組織の階層を昇りたいという権力志向のフォロワーは、洞察力の不足している凡庸なリーダーには、リーダーに向けて、戦略的に「本音もどき」を活用します。洞察力がないために、それを、「本音」と勘違いした凡庸なリーダーは、そのフォロワーが自分に対して心を開いてくれていると思いがちになり、重用するという図式になり、人事評価においても良い点数をつけがちです。
このように、フォロワーは無条件にリーダーに追従するのではなく様々な戦略(今回の例では「本音もどき」)を駆使して自身に都合が良いようにリーダーを誘導していき、時にはリーダーの言動の修正さえ、もたらす場合があります。
K課長は、「以前読んだリーダーシップの本では、部下がついてくることが大切だと書かれてあったように思う。」とつぶやいていますが、部下がついて来なければ、リーダーシップはあり得ません。このことは正鵠を射ていると思います。しかし、一つ抜けているものがあります。それは、「喜んで」という言葉です。リーダーシップで大切なことは「フォロワーが、喜んでついてくること」なのです。K課長もう一度、以前に読んだ本を読み直してください。今回、K課長に、課員のほとんどが追従したのは、AさんDさんのつぶやきのとおり、人事評価に悪影響が及ぶかもしれないということなどからです。また、出入りの業者が課長の無理をきいてくれているのも、課長のバックにある予算や契約締結権などの不純な動機のためです。決して喜んでついてきているわけではありません。K課長は、「私でなければ」とつぶやいていますが、勘違いしないでください、あなたの地位に就いた人が誰であれ、業者は同じような行動をとります。つまりK課長は、自身の人的魅力ではなく、地位の力で人を動かしているだけなのです。これらのことに気づかなければ、おごりにつながり、そのことからパワハラやセクハラ等のハラスメントを招くこともあります。また、多くの管理職が、退職後、年賀状の数が減ったと嘆くのは、K課長のごとく、在職中の勘違いが原因です。
リーダーシップとはリーダーとフォロワーとの相互影響関係の過程として現れる社会現象です。当然、リーダーもフォロワーも人間ですから、それぞれの認知も含めての相互影響関係を考慮する必要があります。リーダーが真のリーダーシップを発揮するためには、リーダーは部下社員の思惑や戦略に基づく影響力をも良く理解し、本音か本音もどきなのか、建前なのかを見抜いた上で、部下社員への影響力を発揮していく必要があります。そして何よりも大切なのは、ポジションパワーで部下社員を動かすのではなく、リーダー個人の人的魅力と自己が掲げるビジョンによって、部下社員が喜んでついてきてくれることが大切です。リーダーが部下社員への影響力を発揮するために、磨くべきは、個人的魅力と優れたビジョン、そして洞察力です。
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