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空飛ぶホクロ
雲ひとつない
真っ青な空に向かって
誰に知られるでもなく
ホクロが飛んだ
無音のアンビリバボー
足下は人混みのため
発進源は分からないし
飛んだ後のことは
人伝いに聞いた話で
信憑性とやらを示す
エビデンスに欠ける
だがしかし
そのことを話してくれた中年は
ホクロ研究の第一人者
業界では
「ホクロマスター」
「ホクロのかたまり」
「ホクロックスター」
「ホクロムンクロス」
等々
異名が後を経たない
彼と会った喫茶店は
豆に特化していて
だだちゃ豆の珈琲に
小豆の茶菓子100gがよく合う
店員は
こまめに水を足しにくるし
おかげで私のコップは
入店して10分で溢れた
話を戻すと
ホクロが空を飛ぶこと自体
さして珍しいことではないが
あれだけの距離を飛んだ
という事実は
ホクロ史においても稀で
現在
ネイチャー誌に投稿するため
論文を共同執筆中とのこと
なぜ飛んだのか
どれほど飛んだのか
という部分については
秘匿性の高さから
言えないそうだが
論文が掲載されたら
そこにほとんどは書いてある
とのこと
万博が終わるまでには
なんとか発表したい
とのこと
ところで私は
ホクロに無縁の人間だ
未だかつて身体に
ホクロができたためしがない
その宿命というか
他人にホクロを
押し付けられそうになったり
ホクロを高値で
買わされそうになったり
夜道で
ホクロに取り囲まれたり
ホクロ界隈で
目の敵にされているのではと
恐怖し
むしろ今では
疑心暗鬼がピークアウト
といっても過言じゃない
そんな私だからこそ
ホクロが飛んでいく不可思議を
信じることができたのかもしれない
なんでもそうだが
付かず離れずの関係は理想
人とホクロにとっても
それは同じことではないかと
40歳を過ぎた頃から
ぼんやり考えるようになった
人は人同士
ホクロはホクロ同士
それぞれのコミューンで生きる
という議論も参考にはするが
もはや現実的とは言えない
余談だが
黒豆とホクロを選別する
大規模工場に勤める友人いわく
選別されたホクロは
子会社で加工され
最近では
東南アジアの富裕層中心に
需要が増しているという
各国・地域の市場データは
共有が遅れており
潜在する流通量や
この先の需要においては
ともすると
先進国ひとつ分の予算
それに匹敵する可能性もある
まぁ経済的評価と
幸福値に隔たりがあるように
ホクロ自身が
ホクロをどう評価するか
その点も見逃せないところだ
論文を書き上げると宣言した
あの研究者は
あの喫茶店で語った一週間後
合成大豆の過剰摂取で
この世を去った
弔い
というほどの関係性もないが
人生は縁によって作られる
そんな私のポリシーが
こうして
ホクロ研究の道へ誘った
これまでに捕縛した検体は
096個
保温器で長期熟成を試みた
ホクロの中には
羽根を見せ始めるものも現れた
やれやれ
夜行性の相手も
なかなか疲れるが
時折
ホ苦労様です
と聞こえるような気がして
今夜もまた
ピンセット片手に
ホクロをつまんでは
笑みをこぼしている
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