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PARIS7より愛を込めて
「眠れない夜もあったでしょう
それは次の日
起き上がることが許されないほどの
絶望を連れてくる
時計の針は回るごとに
暗闇をいっそう巻き込むし
床ごと突き抜けそうなほどに
シーツの感触は
重みを増していく
私もそうだったし
今晩もそうなのかもしれないと
いつも恐怖している
それでもきっといつか
心がフワリと体を浮かせてくれる
その時は来るはずよ
そう信じてくれる人がいるから
私も信じたいと思う
だから、あなたにも信じてほしい
次に会う夜は
これまでよりずっとずっと
プライムタイムになる
かならず
だって、そう決まってるわ
その時はあなたの大好きな
テタンジェのシャンパンを
用意して待ってる
愛し、愛しき人よ
愛しき人よ」
ララーナは両手の指先でつまんだレターを置いた。紙の音はシャラリと小さかったが、リスナーには充分聞こえたろう。
「この手紙は10年前、その時愛した彼と別れる時に書きました。本当は彼との思い出を書き連ねたかったんだけれど、どれを思い出しても腕が重たくて、文字にはならなかった。結局なんだかよく分からない詩みたいになってしまって、1文字でも早く終わらせたくなった。しかも今も手元にあるってことは、そう、渡せなかったのよね。受け取ってもらえなかった。」
ララーナとの約束だから、詳細は省くが、愛する彼は不慮の事故が特異点となって、精神を蝕まれていった。精一杯、手を伸ばし続けたララーナの限界とともに、彼は専用施設の巨大な鉄扉の向こうに行ってしまったのだ。
「でも不思議なことに、その後、ひょんなことから、この仕事に巡りあったの。この小さなラジオ局から、マイクを通して、皆のたくさんの声を聴けた。そして届けられた。皆からのお便り、メール、SNS投稿は、先週の放送で、ちょうど0.01ミリオンを超えたそうです。今日で最後になるのは残念でならないけれど、答え切れなかったメッセージには、私のブログから、少しずつ、でも全て、お返事しようと思います。」
ララーナがこちらを向いたので、僕はできるだけ目を大きく、口角を自然に繕って頷いた。突然、番組が終わることにリスナー達は面食らっていると思う。しかしララーナにとっても苦渋の決断だったこと、僕たちスタッフと、長い時間協議した結果であることは感じ取ってもらえると思う。僕たちはそれだけの絆を築いてきたはずだ。ララーナだって余命宣告を受けた時は、「病院からラジオって、できないのかしら?」って言ってたし、僕たちも出来る限りの根回しは頑張ったつもりなんだけど、難しかった。
次週からは、若者に人気のインフルエンサーが新番組を務める。でもヘイト信者が多いから、とても複雑な気持ちだ。もちろんスタッフ総出で反対した。番組が終わる頃には、日付変わって月曜日になる時間帯、ララーナはみんなの声を聴いて、優しく声をかけ、明日への憂鬱をスウィーティに濾過してたっていうのに。真逆じゃないか。
「それじゃあ、さっそくリクエスト1曲目いきましょう。えーと、ラジオネーム〈凱旋門で逆上がり〉さん、番組始まってからずっと聴いてくれている大物リスナーさんですね。ありがとうございます。えー、【ララーナさん、毎度こんばんは。】こんばんは。【いつもいつも素敵な声をありがとう。】こちらこそ。【先日、街でバッタリ幼馴染と会いました。10年ぶりです。】すごいね。【10年前、些細なことでケンカをし、そのままお互い顔を合わせていなかったのですが、意外にも自然に会話が弾みました。私自身、ケンカをした直後、初めてこのラジオを聴いて、すぐ反省したの。ララーナさんが、『どんな出会いであっても感謝できる人間になりたい』って言ってたから。】そんなこと言ってたかしら?なんだか恥ずかしいわ。【でもすぐにはゴメンって言えなかった。長く知り合った幼馴染だからこそ、簡単じゃなかった。でもね、久しぶりに会ってすぐ仲直りできたのには、理由があったんです!】なんだろ?【実は彼女もね、ケンカした後、このラジオを聴いて、同じことを考えてたんですって!】WOW!そんなことってあるのね。【ララーナさんのおかげで大切な物を取り戻すことができました。今日のリクエストは、その時にこのラジオで流れていた曲です。】なんて、嬉しいお便り。私の胸に今、たくさんの幸せな想いが溢れて、喋りたくて仕方ないんだけど、取り急ぎこのリクエストに託します。聴いてください。〈オ・シャンゼリゼ〉、、、」
僕たちはララーナの泣いた姿を見たことがない。いつも凛として、シンボリックな声は、どんな時にもブレがなかった。泣き虫なスタッフ達で申し訳なかった。もっと強く、彼女を支えなければいけないと、何度も何度も誓ったんだ。
夜がどれだけ深くても、晴れ渡る空だとすぐに分かる。彼女の唇が動く限りー。
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