想い
しっかりした電信柱
電線がゆれる
鳥が飛んだから
どこへ飛んだかは追わない
吹き抜けるような青空だったから
先週
隣の席の同期Tが忌引だった
同期といってもTは大卒
高卒の俺とは仕事のレベルも
周りの態度も当たり前に違う
週明け
目の下にくまを作って
同期はいつもより遅めに出社
いつもは俺より
30分ぐらいは早出
椅子にカバンを置くなり
5m先の上司へ頭を下げにいった
ほどなく帰ってきて
黙って席に着いた
「お疲れさん。」
「おう。迷惑&心配かけたな。」
それきり午前中は一言も喋らなかった
「飯行く?」
「わりぃ。A子、先約。」
「そっか。」
A子は1つ下のフロアの同期
2人はかれこれ1年のお付き合い
「12時40分に"下"で。」
「おけ。」
コンビニで買ったパン(ベーコンエピ)と
レジで頼むタイプのホットコーヒーを消化
一足先に"下"へ降り
電子タバコを吸引
3ターン目に入った頃
「お待たせ。」
と現れる
いつもは途切れない会話も
今日はスタートラインのまま
クラウチングのセットにも入らないかのよう
お互いの煙がシュッシュッポッポッ
昼下がりの空気に柔らかく溶け込んだ
しばらくすると
手摺に両肘をかけ
首をもたげ
ススリ泣きがサブリミナル
「大丈夫ね?」
自分でもびっくり
Tの背中を撫でながら
地元のイントネーションが出た
「なまんなよ。」
涙混じりに
ツッコミが入った
そして頑張って話をした
自分は絶対に泣かないって思ってたこと
そんな人間じゃないし
そんな子供じみた歳でもないって思ってたこと
冷たくなった母親に触れて
涙が溢れて止まらなかったこと
決して止まらないと分かったこと
同じ時を刻めない絶望と
底知れない後悔で溺れそうになったこと
いなくなって初めて
最愛であったと分かったこと
僕も泣いた
僕は泣かないと思っていた
仲が良くても
仕事の同期
どこかで一線は引いているつもりだった
でも泣いた
肩を組んで泣いた
道路の向かいには
しっかりした電信柱
電線がゆれる
鳥が飛んだから
どこへ飛んだかは追わない
吹き抜けるような青空だったから
僕らが見ている間は
決して戻ってこないのだろう
そのことをTに言えたのは
それから少し日にちが経ってからだった
21時46分
風呂上がり
賑やかなネタ番組も
ボリュームを小さくすれば
一人暮らしにはちょうどいい
21時49分
ベランダに出る
電子タバコにスイッチを入れる
まだ少し
肌寒い季節は続くそうだ
「母ちゃん、元気な?」
「元気よ。」
「そうね、、、」
「なんねぇ?急に。気持ちの悪か。」
吹き抜けるような夜空
近くもなく
遠くもない月
たぶん満月
「あんたぁ、LINEもちっとも返さんで。
元気しよっとね?」
「うん。父さんは?」
「父さん、寝ちょいよ。
あ、父さん、この間ね、、、」
僕はきっと泣かない
もう大人だから
もう自立しているから
もう一人で暮らせていけてるから
泣かないよ
母ちゃん
泣かないよ