佐川真佐夫が如何に天才なのかを世間に伝えるためのnote 第10話~横浜純情物語~
俺はマルボロに火を付け一服していると携帯電話に見慣れない番号の着信が入った。
「もしもし佐川です」
「もしもし…」小声の女性の声が返ってきた。
「おお~久しぶり」
直ぐに誰だか分かった。この声のトーンは5年前に別れた彼女、美波だ。5年ぶりに聞いた声なのに不思議と誰だか分かった。
「久しぶり」美波の幾分、トーンが上がった声が返ってきた。
美波とは3年ほど付き合っていた。専門学校時代、友だちの紹介で出会ったのが最初だと思う。そして学校を卒業してからも1年ほど付き合っていたがスレ違いが続き別れてしまった。
お互いの近況を簡単に話した後、一時の沈黙が流れた。
「ねぇ。久しぶりに会えない?」
美波の言葉にドキリとした。どうして急に連絡してきたのか聞こうとした矢先だったから。別に好きだと言う感情は無いのだけれど、思わず「いいよ」と即答し約束の日時を決め電話を切った。
どうして会う約束なんてしてしまったのか…
どうして急に連絡してきたのか…
そんな思いがクルクルと廻りながらもメリーゴーランドに乗っている子どもの様に喜んでいる自分もいた。
約束の2日前、彼女から再び着信があった。
「ゴメン。週末の約束なんだけど次の週の土曜日にならないかな?」
「あっそうか。今週だった…」
俺は忘れてたふりをし返事した。
美波はそんな俺を笑いながら「変わってないね」と言った。
本当は美波に会うことで頭がいっぱいだったのに。
「じゃあ来週に」
「土曜日に」
徐々に付き合っていた当時の情景がスライド写真のように蘇ってきた。
雨の遊園地に行って終電を逃しお金を出し合ってホテルに一泊したこと。些細なことで大喧嘩し号泣させてしまったこと…俺の部屋で身体を重ね合わせたこと…
何の話をすれば盛り上がるだろうかなどと考えている自分がいた。
約束の日。
待ち合わせ場所は横浜駅西口、相鉄線の改札、キオスクの前。
二人でよくデートをした横浜。
いつもの待ち合わせ場所だった。
俺は約束の時間より15分早く着いて彼女を待っていた。改札口では多くの人達が賑わって日常の風景を交錯させた。美波との待ち合わせでこれほど早く来たことはこれまでになかった。
約束の時間。
彼女は来ない・・・
電話かメールしようかとも思ったのだが、なんだがそんな気になれず止めた。
後5分待ってみよう。
その時、俺に向かって彼女が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。待った?」
ポツリポツリと雨が降り出した。
俺は駅構内のジョイナスでピンクのビニール傘を買い、よこはまパルナード沿いに歩いた。ピンクのビニール傘が彼女の口紅と重なり女としての色気を引き立てている様に思えた。
「飯にはちょっと早すぎるけど、どうする?」
俺は携帯電話で時間を見ながら言った。
「どうする?」
質問を質問で返すところが変わっていなかった。
「映画でも見てから飯するか?」
「いいよ」
俺たちは相鉄ムービルで『ジャーヘッド』を見た。湾岸戦争を題材にした戦争映画だった。別に『ジャーヘッド』が見たかったわけじゃなく、ただ上映時間が合っただけで決めた。
上映中、俺は映画に集中できず、ずっと彼女の事が気になっていた。
何で突然、会おうと言ったのだろう?
スクリーンから放たれる光が美波の横顔を浮かび上がらせた。
俺たちは映画が終わりお好み焼き屋に入った。
美波の唇から出る言葉はあの頃の思い出話。一緒に観に行った映画の話。その度に俺の頭の中での記憶がセピア色からカラーへと変わる。しかし俺は「そんなことあったけ?」と、覚えていない素振り。それでも彼女は思い出話を止めなかった。
俺はなかなか聞きたいことが聞けないでいた。「なんで急に連絡くれたの?」たったこの一言なのに。
鉄板の上は綺麗に無くなり窓から見える雨は泣き止んでいた。
「そろそろ行こうか」
結局、理由は聞けないまま店を後にした。
京浜東北線・根岸線に向かう道のりの美波の微笑みが綺麗に見えた。まるでフェミエールの絵画の様に。
俺たちは電車に乗り東京方面に向かう。彼女の降りる駅は東神奈川。
聞くチャンスを掴めないまま東神奈川駅に近づいて来た。
まぁでも次の機会でもいいか…
そんな事を思っていると。
「パンフレット見せて」
と、美波が言い俺の手から映画のパンフレットを取った。ペラペラと捲り、自分の鞄の中から何やら取り出しパンフレットに挟んだ。
「私が降りてから見てね」
俺は美波からパンフレットを受け取ろうとしたが駅に着くまで渡して貰えなかった。
東神奈川駅。
彼女はパンフレットを俺に渡し足早に降りた。
「じゃあね」
美波の別れの言葉を聞きながら笑顔で軽く手を挙げ見送った。
車窓に流れる雨の残り香が忙しなく動いている。
俺は美波から渡されたパンフレットを開いた。そこには一枚の写真付の葉書が挟まれていた。
一瞬、時が止まった気がした。
葉書の写真は美波のウエディングドレス姿と隣に立つ見知らぬ男性の姿だった。
電車から足早に降りて行った美波の後姿が蘇った。
気付いたら最寄り駅に着いていた。
止んでいた雨がひっそりと降り出していた。俺はピンクのビニール傘を差した。
もう二度と会うことはないだろう…
俺はそう確信した。
つづく・・・第11話へ
『佐川真佐夫が如何に天才なのかを世間に伝えるためのnote』
○第1話 ~概要~
○第2話 ~はじめに~
○第3話~蛙と俺~
○第4話~こんにちわ新聞屋さん~
○第5話~天才はやっぱりモテる~
○第6話~愛しのポン太~
○第7話~静電気と宇宙人~
○第8話~芥川賞を受賞した時のための記者会見の練習~
○第9話~カンニングという名の完全犯罪~