こころざし(3の3の1)「図書館」篇【エッセイ】六〇〇字(本文)
早大エクステンション「エッセイ教室」、夏講座。ラスト前の課題は、「図書館」。あなたは、図書館をどう描きますか?
私の想い出は、独立直後の年の図書館通い。ちょうどいま、『こころざし』(3の3)を書いており、その導入部としました。
※
自分を見つめる、瞑想空間であった。
山一証券などの破綻が相次ぎ、金融不安が頂点に達した年。17年勤めた会社を辞めた46歳の、4月。新宿御苑大木戸門の正面のマンション7階に部屋を借り、会社を興す。
どん底からのスタート。後は良くなるだけさ、と楽観的に考えてもいた。しかし、選んだ事業が、インターネット。その「イ」の時代。メールを送信しても、「送りました。ご確認をお願いします」なんて、電話を入れるような黎明期。不安がなかったと言えば、噓になる。期待と、不安が入り混じった、日々。
収入は、独立前の業界で知った社長の会社の顧問として、週2日で20万。家賃を払えば、報酬は消える。後は事務所に、一人ぽつんと、座っているだけ。そんな頃。大木戸門の横に区民センターがあり、ベランダから見える7階に図書館があることを知る。
振り返れば、無縁の施設。高校までは、部活。大学では紛争でロックアウト。社会に出ても、「モーレツ社員」。〈ノートとインクの匂い♪ *〉を経験することは、皆無だった。
念のため留守電にして、御苑の杜が、新緑から枯れ葉に変わる時期まで、通い続けた。
一人じゃない。それぞれの目的を持つ人たちが集まる、空間。その静謐な空気の中に融けこみ、読み漁った。いや読書というよりも、まるで永平寺の修行僧のように、過去と未来の自分と向き合い黙想する、場でもあった。
*ペギー葉山の『学生時代』(普段は注釈しないが、若いひとのために、敢えて)
(おまけ1)
過日書いた『自分らしさ』で、「落ちぶれた宇崎竜童」氏が口にした「一番安い酒」が何か、判明しました。
後に行ったときに、確認。すると、1本の金額が900円と一番高い酒だったのです。その男が言うには、価格は高いが、300mlある。他の酒は1本あたりは安いが、1合(180ml)で、800円。1ml当たりは、900円の酒が一番安いとのことらしい。
————その酒は私が「いつもの酒!」と頼んでいた、酒だった。
(おまけ2)
エリザベス女王のご逝去に係る新聞2紙のコラムです。さて、勝敗は。
朝日新聞(2022年9月10日)「天声人語」
東京新聞(2022年9月10日)「筆洗」
-----
ある政治家が二歳の女の子と会った。その子には「品性」と「驚くほどの威厳、思慮深さ」が備わっていると語ったそうである。政治家はその後、英首相となるチャーチル。女の子は幼き日のエリザベス女王である▼エリザベス女王が亡くなった。九十六歳。二歳児に品性、威厳とは少々持ち上げすぎではと思わぬでもないが、やはりチャーチルの見立ては確かだったのだろう。在位は歴代最長の七十年。「生涯をかけて国民に奉仕する」。即位での誓いの通りに、その務めを果たし終えた▼女王になって間もないころか。昼食で二杯目のワインを飲もうとした女王を母君が叱ったそうだ。「控えた方がいいわ。あなたは午後も統治しなければならないの」。二十四時間、「私」のない生活。想像できぬ重圧もあっただろう▼在位中は必ずしも英国が光り輝いた時代ではない。冷戦や独立運動、紛争。その時代にあって女王という落ち着き、変わらぬ存在が揺れ動く英国を精神面で支えてきたといえる▼あの二歳児についてチャーチルが見落とした才能は親しみやすさとユーモアか。ロンドン五輪の開会式の映像におなじみの諜報(ちょうほう)員ジェームズ・ボンドと登場した場面を思い出す。国民の懐に入り、国民とともにありたいと考えた女王だった▼今、王位をチャールズ新国王に譲った。おそらく、二杯目のワインを楽しんでいらっしゃる。
-----
勝敗をつけるなんておこがましいが、私は「筆洗」に一票ですね。〆の一行が洒落ている。