見出し画像

福島原発刑事訴訟・勝俣被告の死去について、弁護団に聞いた

東電元経営陣の刑事責任を追及する「福島原発刑事訴訟支援団」が、2024年11月1日、第9回の最高裁正門前アピールを行った。午後に行われた集会後、福島原発告訴団弁護団の海渡雄一弁護士に、この刑事訴訟の被告の一人である勝俣恒久・元会長(東日本大震災当時)の死去について思いを聞かせてもらった。

海渡弁護士「裁判の結論が出るまで生きていて欲しかったですね。そして、その判決で有罪判決を受けて、反省の言葉を述べて謝罪をして欲しかったです。

 歴史的経過で言うと、彼は2002年の原発損傷隠し(*1)の時に調査委員会のトップとして不正を暴いて、自分の上司の首を何人も落として社長に踊り出た人なんです。原子力における不正を許さない、言い出しにくいことも自分に言えと命じていたはずなんですよ。
 そういう人間が、この津波のことについて、危険性があることに気づかなかったわけがない。絶対気づいていたと思う。だけど、そのことを、全然知らなかったと言い通して、そのまま亡くなってしまったということについては本当に残念です。

 残っている証拠で確実なことは、2008年の2月と2009年の2月に、彼のために開かれている「御前会議」(正式名称「中越沖地震対応打ち合わせ」)で、津波の対策が必要かどうかを議論したこと。特に2009年には吉田さん(*2)が14メートルの津波が来るということまで言っている。そして、それについては、東海第二原発と浜岡原発ではすでに対策がなされているということも話している。
 だから、それはどういうことなんだと、彼が一言、質問すれば、それは「長期評価」(*3)だとー「長期評価」という言葉が記録に残っていないんだけれども、出たはずなんです。政府機関が言っているんだったら、ちゃんとやるべきだねと、二言三言で結論が出るはずなんです。
 
 それをちゃんとやらなかったということ、その場で、きちんと話を聞いて結論を出していれば。原発事故は避けられた。そのことからして勝俣さんには間違いなく、重大な法的責任があると、私は確信しています。」

(*1)原子力発電所のトラブル隠し(失敗知識データベース)
(*2)福島第一原発の吉田昌郎所長(故人)
(*3)政府「地震調査研究推進本部」による「地震発生可能性の長期評価」

【タイトル写真】

福島原発告訴団弁護団の海渡雄一弁護士(2024年11月1日参議院議員会館にて筆者撮影)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?