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僕の見たもの

家の前の川を工事することになったらしい。僕は嫌だった。魚がたくさんいるのを知っていたから。トンボの幼虫もいるし、前にヘビも泳いでいた。土の川は危ないからコンクリートにするらしい。僕はもう10歳だけど今までに危ないことなんて一度もなかった。大人はズルい。僕が納得できるようにはいつも答えてくれない。
「工事したら魚は死ぬの?」
「どうだろうね」
お母さんは魚が死ぬかどうかより夕飯の支度の方が大事みたいだ。

学校から帰ってくると工事が始まっていた。
透明だった水は茶色の絵の具を落としたように濁っていた。小さくて白いものがいくつも浮かんでいる。魚のお腹だった。
僕はもつれる足で網をとりに走った。バケツに水を入れ、網を持って流れてくる魚をすくう。
動かない魚もいれば、少しだけ動いているものもいた。魚の波は途切れることはなかった。バケツは魚でいっぱいになった。手が痛くなって血が滲んでくる。
となりのおじさんがやってきてバケツを覗き込み、鼻で笑った。
「そんなことしてもキリがないぞ」
僕はおじさんをにらんだけれど、何も言えなかった。

出来上がったコンクリートの川はまるで違うところから持ってきたような感じがした。
川だけが変わったのに、あたりはなんだかしぃんとしている。
コンクリートの白い流れを眺めながら、僕は大人にはならないと決めた。

#小説 #魚 #大人にならない


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