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リビングの地層の底から
青い半ズボンが掘り出された

娘が小学生の頃にはいていた
体操服の下のズボン

時代なのか 東京だからなのか
「体育着」と呼ばれていたが
「体操服」とわたしは呼ぶ

遠い昔の大阪から東京に連れてきた
「体操服」という呼び方が
抜けない 脱げない 

「体育着」を「体操着」とも言うが
「体操服」とは言わないらしく
昭和だねと娘に笑われた

昭和ですよ 昭和ですとも

ブルマーなるものを
はかなくなったのは
時代だろう

ブルマーは昭和だった
昭和から平成に変わった年も
まだブルマーの時代だった

白い線がはみ出すのを気にして
ブルマーの先を指先で引っ張っていた
昭和の女子たち

ブルマーからはみ出す
あの白い線にも呼び名があった
わたしの学校では「はみパン」だった
「白線」と呼んでいる学校もあった

男子は男子で
ヒラヒラの短パンから
見えてはいけないものが
見え隠れしていた

平成のどこかで
ブルマーと短パンの時代は終わり
半ズボンにバトンが渡された

ひざより少し上の半ズボン
今風に言えばハーフパンツ
男子も女子も変わらない
男子も女子もはみ出さない

長い眠りから掘り起こされた
青い半ズボンを手に取ると
ポケットが膨らんでいた

ブルマーには
ついてなかったポケット

ティッシュ入れたままにしてる!

反射的にそう思い
思うと同時に口に出し
口に出すと同時に
ポケットに手を突っ込む

手にふれたのは
ティッシュではなかった

布の手触り
ハンカチだろうか

引っ張り出して 
あっとなった

赤と白の帽子

これも呼び方は様々で
「運動帽」だったり
「紅白帽」だったり

わたしは「体操帽」と呼ぶ
体操服に体操帽
夏休みにはラジオ体操
高校の部活は体操部

帽子の白いへりは
とこどろころ
うっすら茶色くなっている
洗わないままだったのか
洗ったのに落ちなかったのか

ゴムは伸びて
ヘロヘロになっている
一度付け替えたはずなんだけど

小学校の体育の時間を足し上げたら
全部で何回? 何時間?

同じ帽子をそんなに
かぶることある?
しかも何年も

なのに ある日を境に
かぶられなくなって
ポケットの中で眠り続ける

そして何年も経って
突然引っ張り出されて
不意打ちを食らわせる

思いがけなさを
受け止め損ねて
わたしはよろめき
閉じ込められていた
記憶があふれだす

赤と白の帽子をかぶる
小学生の娘の顔が現れ
その下の手足が現れ

さなぎだった蝶が
折り畳まれた羽を
はらりとひらくように
あのころが解き放たれた

ひさしぶりに開いた傘から
別れた恋人の部屋の
合鍵が転がり出てきた
そんな短歌があったっけ

半ズボンでは開かなかった
タイムカプセルのふたが開いた

運動会

早朝練習

遠足

学校公開の日の体育の授業

一緒に振り付けを覚えたり
ヘタクソなキャラ弁を作ったり
たくさんの唐揚げを揚げたり

体育がある日の朝に
洗濯に出すのは
やめてって言ったよね

いくつもの朝
いくつもの放課後

今思えば
あの頃だけの忙しさ

ポケットの中には
今より若くて
今ほど涙もろくない
母のわたしも入っていた

あとがき

何年も着ていない体操服の下がリビングから見つかるってどういうこと?

それだけ地層が厚いってこと。

溜め込むのは悪いクセ。
このnoteだって何か月も下書きに眠ってた。

そして、タイムカプセルといえば、こちら。

タイムカプセルが登場するリーディング作品「桜の木の下で」。年が明けてからも購入やチップで想いを寄せていただいています。

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目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。