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この夏、日本劇作家協会の会員になった。

会報の名前は「ト書き」という。

とても読み応えのある会報「ト書き」。69号と70号が送られてきた

ト書きとは。

✔︎脚本は「柱」「セリフ」「ト書き」からなっている
✔︎柱はカメラの位置と照明を指定。セリフは役者がしゃべること(息や表情を指定することも)。それ以外がト書き。

とわたしの脚本講座では教えているが、戯曲では柱を立てずに「ト書き」の中で場所や時間帯を指定するのが一般的なようだ。

歌舞伎台本で《ト義経立ち上がり》のように役者の動きを指定することから、「ト書き」の名がついたらしい。

「ト」は「すると」の意。

現代の映画やドラマの脚本では《「勝手にしろ」と立ち去る》《「どうぞ」と差し出す》のようにセリフの後に「と」で受けることが多いが、これも「すると」の「と」だと思われる。

「ト書き」は、実に劇作家協会の会報らしい名前だ。

中には劇と劇作家のことが詰まっている。ハラスメント対応ガイドライン、世代別座談会、劇作家たちが自分たちの働く世界を愛し、より良くしようとしている心意気とこころも伝わってくる。わたしが去年初めて観てはまった高校演劇についても特集されている。定期購読したいくらい読み応えがある。

保存版の「戯曲デジタルアーカイブスペシャル」号も。

喫茶「ト書き」のメニュー

「ト書き」はお店の名前っぽくもある。喫茶店の名前っぽい。

ト書きの前後には行間がある。思い思いに誰かや何かを待ちながら長居できる喫茶店。

「ト書き」という看板が出ていたら、わたしは素通りできない。つい立ち止まって、ドアの脇にメニューなんかが出ていないかと探してしまう。看板ではなくドアに「ト書き」の小さな真鍮のプレートがついているのかもしれない。

ドアを開けると、珈琲のいい香りがする。飴色になった木のカウンターがあって、マスターが一人でやっている。ヒマそうなバイトがいたりいなかったりする。

連載小説「漂うわたし」に登場する新宿三丁目のカフェみたいな感じ。店の前に「焙煎珈琲 然」の一枚板の看板が立てかけられているが、バイトのモリゾウが拾ってきたもので、店には名前がなく、好きなように呼んでくれたらええと関西弁のマスターは言う。「然」を「ぜん」と読ませるのか「ねん」と読ませるのかマスターもわからないが、常連客には「焙煎珈琲の店」と覚えられている気がする。

喫茶「ト書き」に決まったメニューはなくて、そのときそのとき出せるものを気まぐれに出してくれる。エチュードみたいに。「マスターこれ何?」と聞くと、その場で名前をつけてくれる。それがト書きになっている。マスターは元々演劇をやっていた人なのだ。

架空の喫茶店のマスターが即興で「ト書きの名前」をつけたという想定で、カメラロールにある食べもの写真に名前をつける遊びをやってみる。

「酢豚にパイナップルが入っているのはけしからん」と言う人にはおすすめしません

「プリンなのかパンナコッタなのか食べてみてのお楽しみ」と店長が申しております

「なんだミルクも砂糖も入ってないのかよ」と彼はがっかりした

などなど。ひと通り考えて、「セリフ」と「ト書き」の組み合わせになっていることに気づいた。これでは喫茶「セリフとト書き」になってしまう。

「と」で始まるト書きだけのメニューにしようとすると、難易度が上がった。「と」に続くワードのバリエーションが少なく、似たり寄ったりになってしまう。でも、ここは「ト書き」で揃えなくてはならない。喫茶「ト書き」なのだから。

「ト書きの名前」を小見出しにして、最初に考えた「セリフ+ト書きの名前」を後に続けることにした。なんとなくつながるようにも読める。

どこのお店で食べたかわかるものは代替テキストに情報を載せた。


と見るとパンに挟まれているのはベーコンではなくレーズンかと思いきやイチジクであった

「酢豚にパイナップルが入っているのはけしからん」と言う人にはおすすめしない

広告代理店時代の先輩、中西さんが2023年赤坂に開いた音楽酒場hakbo(薄暮 ハクボ)のいちじくのサンドイッチ。何食べてもおいしいし中西さんの接客も最高。早くも人気店。

と果樹園のようなひと皿に歓声が上がった

「梨はあります」と店主は悪戯っぽく言った

友人まいちゃん手作りの梨とぶどうのデザートプレート

と湯気の立つ肉を見た瞬間憎しみは消えていた

「ニクニクしい」と彼女は赤身にフォークを刺した

と会話が尽きたところに運ばれてきた春のような秋のようなシャーベット

「デザートは別腹」と言いつつ爽やかに〆たい

どこかの〆の2色シャーベット

と見るとその卵色のものは頭にクリームを戴き麓にカラメルソースを広げていた

「プリンなのかパンナコッタなのか食べてみてのお楽しみ」と店長は言った

シチリア料理トラットリア ガットネロ(gatto nero)のたぶんパンナコッタ

とドヤ顔の桃がやって来た

「頭の上の桃が重いな」とアイスは思った

2023年8月1日にどこかで食べた桃のパフェ

と丸い器に盛られたプリンは思いがけず四角かった

「丸じゃなくて四角いんだね」と聞き飽きるほど言われている

御徒町の高架下にある卵料理とハンドメイドブレッドのカフェ「baby egg cafe」のプリン。バットいっぱいに作って切り分けていた。一個ずつ作るよりたくさん作れる!

と隣のテーブルもパエリアにカメラを向けていた

「映えリア」と呼ばれているらしい

ミッドタウン日比谷にあるシーフードとタパスの店「Lubina」のパエリア

と野菜を煮詰めたような緑をまとったそいつが目に飛び込んだ

「もずく」と呼ばないで

野菜と果物をこれでもかとおいしく食べられるClispのパスタ。緑はバジルではなく小松菜だったかも

と道頓堀がテーブルに現れた

「大阪の家には一家に一台たこ焼き器がある」と大阪の人が言っていた

たぶんうちで焼いたたこ焼き

と箸でつまんだ輪切りの芋は思いの外カリッと仕上がっていた

「バズってたポテトと同じ揚げ方です」と料理長が言った

冷たい油に投入してじわじわ揚げたポテト。詳しくはnote「寒い日にはイタリアンいもがバズる」

と気づいたときには串切りの芋は跡形もなく消えていた

「いもは冷たい油からじわじわ揚げると甘くなるというのは本当かね?」と紳士は首を傾げた

ハーブスパイスを入れた冷たい油に投入してじわじわ揚げたポテト。詳しくはnote「寒い日にはイタリアンいもがバズる」

と寝返りを打ってひっくり返った「し」みたいな揚げ海老が整列していた

煮るなり焼くなりしてくれ」と開き直ったら揚げられた俺ら

何もかもが絶品で食べ過ぎてしまうスパイス料理「カッチャルバッチャル」の海老

とトンと音がして目の前に鰻が広がっていた

「うなぎなう」と回文家はつぶやいた

〆の鰻に辿り着くまでに美味しいものがありすぎる赤羽「まるます家」の鰻丼。『嘘八百』などのポスターも貼ってくれてました。

と皿に盛られて春が来た

菜園みたいですねと言われてサラダは照れた

二子玉川で食べたリーフをたっぷりのせたワッフル。内装も素敵なお店だったけど名前を思い出せない→思い出しました!「カフェリゼッタ二子玉川

とトングを手に焼き加減の今を見極める

「肉を育てている時間が好きなんだ」と網を見つめてあの人は言った

世田谷パブリックシアターで「ペールギュント」を観た帰りに「赤と霜」という秀逸なネーミングに惹かれて立ち寄った焼肉屋さん。カウンター席で一人ずつ焼肉。閉店したそうで残念。

とどこから齧れば良いのかフォークのない彼は途方に暮れた

「シューカツ」と聞いて食べたくなったのだが取り付く島がない

砂糖とザクザクのナッツ(プラリネ?)がのったシュークリーム

と個性の違う双子のような2杯がそれぞれの香りを漂わせていた

「なんだミルクも砂糖もないのかよ」とブラックを飲めない彼は困惑した

神保町「GLITCH COFFEE&ROASTERS」で飲み比べたコーヒー。ブラックは苦手なのに、とても飲みやすく、深い余韻が。海外からと思われるお客さんがひっきりなしに訪れ、英語が飛び交い、非日常も味わえた。



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脚本家・今井雅子📻聴き逃し配信中「世界から歌が消える前に」📚11/30座・高円寺リーディングフェスタ
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。