「あの人はどうやってわたしの家を見つけるの?」から幾星霜を経て─さすらい駅わすれもの室「とくべつな地図」
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目覚めると枕元にはプレゼントが
夢見がちな子どもだったから、「あの人」のことはもちろん信じていた。年に一度のその日、朝目覚めると、枕元にはあの人が真夜中に置いていったプレゼントがあった。それが最寄駅のショッピングセンターにあるサンリオショップ(「ギフトゲート」という名前だった)のお楽しみ袋であっても、あの人からだと信じる子どもだった。
いちご柄の紙袋を開けると、キキララや風の子さっちゃん(といったキャラが人気だった)の文房具やポーチがでてきた。品物についた値段を足し上げると3000円を超え、「こんなにたくさんくれた!」とあの人の太っ腹ぶりに感激した。おそらく1000円のお楽しみ袋だったと思われる。
サンリオショップもお楽しみ袋も大好きだった。袋にシールで貼りつけられる小さなオマケを集めていた。「わたしの好きなもん、なんでわかるんやろ?」と思っていた。
もうひとつ、「なんでわたしがここに住んでること知ってるんやろ?」が不思議だった。わたしの家も、友だちの家も。なんでどの家に子どもが住んでいるか知っていて、迷わんと来れるんやろ。遠い国の人やのに。
インターネットが登場する何十年も前。もちろんGoogle mapもなかった。その頃の記憶が根っこになって生まれたお話。
今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「とくべつな地図」
さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。
傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。
駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。
その夜も、わたしは、いつものように一人でわすれもの室を守っていました。おくりものの包みやケーキの箱を抱えた人たちが、軽やかな足取りで通り過ぎて行きます。
わすれもの室の前で足を留める人は、誰もいません。今夜は年に一度のとくべつな夜なのです。
「わすれもの室の人、いますか? お客さんです!」
駅長の娘さんが、冷たい風ととともに駆け込んで来たのは、澄んだ空に星がまたたき始めた頃でした。
わたしは、手袋を外しながら「はい」と返事をして振り向きました。ストーブをいくらたいても手がかじかむほど寒い日だったのです。
駅長の娘さんの後ろには、恰幅のいい男性が立っていました。よっぽどあわてふためいていたのでしょう。男性の豊かな白いあごひげの間からは、白い息が湯気のようにこぼれていました。
一目見てわたしは、彼が有名なあのお方だとわかりました。わたしが幼い頃からずっとあこがれていたお方でもありました。
「お探しのものは、なんですか」
そう尋ねるわたしの声は、少し震えていました。まさかこんな風に言葉を交わせる日が来るとは思っていなかったのです。
「Em pleh ti! Pam laiceps eht tsol I!」
男性は、息を切らせながら答えました。
「さっきから、同じことを繰り返しているんだけど……」
駅長の娘さんが困ったように言いました。
「Pam! Pam laiceps!」
それは、わたしたちの国で使われている言葉ではありませんでした。けれど、わたしには探しものが何であるか、すぐにわかりました。
男性がまず自分を指してから、壁に貼られた世界地図を指差したからです。
「地図のわすれもの、ありませんでしたか」
彼はそう聞いたのです。
「Pam eht tuohtiw stfig reviled tonnac I! Detnioppasid eb lliw nerdlihc ynam!」
男性は、腕を大きく広げ、白いひげを揺らして、訴えました。
「ねえ、なんて言ってるの?」
駅長の娘さんがわたしの顔をのぞきこみます。
「たぶん、こう言っているんだと思う。『地図がないと、私は仕事ができません。たくさんの人が悲しむことになります』って」
「この人の国の言葉がわかるの?」
「どんな国の人でも、困ったときは、こんな顔をするものだから」
しかし、残念ながら、地図のわすれものは届いていませんでした。
「もしかして、この人が探している地図って……」
駅長の娘さんが、わたしを見ました。
そうです。異国からやって来た白いひげの男性が探しているのは、ただの地図ではありません。決まった家にだけ印がついているとくべつな地図でした。
かつては、わたしの家にも印がついていましたが、今はもうついていません。でも、駅長の娘さんの家には、きっと印がついているはずです。
白いひげの男性は、どうしても夜のうちに仕事を終えなくてはなりませんでした。
しかも、年に一度のその夜のうちに。
壁の世界地図の隣には、カレンダーが貼ってありました。最後の一枚となったカレンダーの一日一日が過ぎ、あと一週間で新しい年を迎えようとしていました。
わたしの心は、幼い日々に帰っていました。秋が終わり、カレンダーをめくって最後の一枚になると、わたしも、わたしのきょうだいも、そわそわしました。
町中の子どもたちみんなが彼の噂をし、彼がやって来る日を指折り数えたものでした。と同時に、今年もあのお方はうちに来てくれるかしらと不安になったものです。
「あのお方は、いい子のところにしか来てくれないのだよ」と大人たちに言い聞かされていましたから。
「どうしよう。もし、地図が見つからなかったら……」
駅長の娘さんは、扉のそばにある柱時計に目をやりました。
「ぐずぐずしていると、夜が明けて、朝が来ちゃう!」
わたしも、同じ心配をしていました。もし、来るはずのあのお方が来てくれなかったら、「ああ、ぼくは、わたしは、いい子じゃなかったんだな」と、どれだけの子どもたちががっかりしてしまうことでしょう。
「そうだ、地図が見つからないなら、作っちゃえばいい!」
駅長の娘さんが言いました。
「地図を作るの?」
わたしは思わず聞き返しました。
「そう。だって、わたしたち、この町のことなら、誰よりもよく知っている。どの家に誰が住んでいるか、何が好きかもわかっているもの」
わたしと駅長の娘さんは、大急ぎでとくべつな地図をこしらえました。この町の地図の子どもがいる家の一軒一軒に、わたしが名前と年齢を書き入れ、駅長の娘さんが子どもの似顔絵を描きました。
どの家に、どんな子が住んでいるのか。
男の子か女の子か。
何歳くらいか。
好きなものは何か。
駅長の娘さんは、子どもたちの特長をつかんで、上手に描いてくれました。いつもお父さんの仕事が終わるのを待つ間、駅を行き来する人たちの絵を描いて、過ごしているのです。
部屋が冷えきっていることも、手がかじかんでいることも忘れて、わたしたちは夢中で色とりどりのペンを地図に走らせました。
「Wow! Pam laiceps eht si ti! Em spleh ti! Uoy knaht!」
手作りの地図を受け取ると、こわばっていた男性の表情がようやくやわらぎ、豊かな白いひげに覆われた口元がにっこりと笑いました。
「ありがとう。この地図があれば、間違いなくプレゼントを届けられますよ」
歌うような異国の言葉は、きっとそんなことを告げていたのだと思います。
「Samtsirhc yrrem!」
高らかにひと声かけると、男性は駅の前に待たせてあったトナカイのそりに乗り込み、地図に書かれた家々へと旅立っていきました。
「メリークリスマス!」
わたしと駅長の娘さんは、元気よく手を振りました。
白い縁取りのある赤い上着とズボンが夜空に吸い込まれるように遠ざかって行くのを見届けると、ちょうど仕事を終えた駅長さんが娘さんを迎えに来ました。たった今起きた事件を報告する娘さんの弾むような声と、駅長さんがあいづちを打つ穏やかな声。それもまた、今宵ならではの贈りものでした。
長い間胸の奥にしまっていた幼い日々の思い出が、わたしの心をあたたかく満たしていました。くすぐったいようなうれしさに頬がゆるみ、遠い昔きょうだいで歌ったクリスマスキャロルが唇からこぼれました。
「大人になってもあのお方からクリスマスプレゼントを受け取れるなんて、すてきな仕事じゃないか」
返事をする者はいません。ここにいるのは、引き取り手がないまま聖なる日を迎えようとしているわすれものたちだけでした。
「メリークリスマス」
わたしは、そのものたちに、心からの祝福を告げました。
※2023.6.15 kindle版出版準備の編集にあたりラストを加筆
「さすらい駅わすれもの室」のクリスマス
「とくべつな地図」は、地方ラジオ局の依頼を受けて書いた「さすらい駅わすれもの室」と題した短編シリーズのひとつ。
企画は立ち消えになってしまったけれど、2015年、NHK宮崎放送局制作の県域番組「いっちゃがラジオ」で読まれる機会があった。
11月に「センセイという名の鳥」という作品を県内在住の役者・濱﨑けい子さんが朗読されたのに続いて、12月に地元の高校の演劇部メンバーに『とくべつな地図』を朗読してもらうことになった。
基本は「わすれもの室」の主である「わたし」のモノローグに「わすれものを探しに来る人」のセリフが挟まれる形だが、出演者3人に役を割り振れるよう「駅長の娘」の役を作った。
元々は具体的に書いていなかったあの人のセリフも書き起こした。お気づきの方も多いと思うが、英語を逆さ読みにしている。声に出して読むと、聞いたことのない異国の言語のような謎めいた響きになる。
演劇部の高校生たちは、誰がどの役に合うのかみんなで話し合いを重ね、役作りをし、放送に臨んでくれたらしい。あの人を信じていた子ども時代から幾星霜を経て、あの人への疑問が物語になり、ソリではなくラジオの電波に乗って家々に届けられた。
同じ年に『さすらい駅わすれもの室』に光を当ててくれたのが、言葉と音楽のユニット「音due.(おんでゅ)」だった。オリジナル作品を書き下ろし、翌年の朗読ライブで上演が実現した。その経緯は、こちらのnoteに。
そのnoteの中でも紹介しているが、今年のステイホーム中に「音ライン音due.」と銘打って、『さすらい駅わすれもの室』の動画(西村ちなみさんと大原さやかさんの朗読と、窪田ミナさんのピアノのリモート共演)が公開された。眠っていたのを音due.に起こしてもらい、ライブで上演してもらった『世界にたったひとつの帽子』と『指輪の春』。
あらためてこちらでもご紹介して、音のクリスマスプレゼントを。
『世界にたったひとつの帽子』
『指輪の春』
今月はじめ、「亡き妻の指輪が畑に」のニュースがネットで話題になったとき、「リアルわすれもの室だ‼︎」と音due.メンバーで驚きを分かち合った。さすらい駅の片隅に佇むわすれもの室のように、心の片隅に小さな居場所を作って、時々思い出される。そんな物語たち。
Clubhouseで続々読まれる2021年
12/17(金)さんがつ亭しょこらさんと水野智苗さん
2121/12/7(火)Atsuko Fukuokaさん(3人目)
12/9(木)琵琶語りのコタロウさんが肥後琵琶語り
12/22(水)徳田祐介さんw/山口三重子さんのピアノ(2作目)
2023.7.1 おもにゃん(福岡敦子)さん
2023.12.21 徳田祐介さん
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。