ぜんぜん血糊なくてごめん
大崎(山手線の品川と五反田の間)でご飯食べるところを探している友人がグループLINEで助けを求めた。
《ごめん。大崎に全然血糊なくて》
「地の利」が「血糊」に化けていた。
ええで。大崎に全然血糊なくても謝らんでええで。大崎に血糊が余ってたら、かえって気になるで。
こういうネタを集めていた宝島社の雑誌の読者コーナー「VOW」を思い出した。ブイ・オー・ダブリューと書いて、バウと読む。BOWと間違われがちなVOW。「懐かしい」という人と「知らない」という人で世代がわかる。
うんと昔、コピーライターだった頃、会社に転がっていた『VOW王国 ニッポンの誤植』を息抜きに開いてはニヤニヤして同僚から気色悪がられていた。
同じ頃に読んだ、ほぼ日刊イトイ新聞の『言いまつがい』は言い間違いの盛り合わせ。こちらも面白かったが、誤植は職業柄身につまされるので、「あらーやっちゃったー!」という同情が加わって、切なくおかしいのだった。
ライブ情報の「1ドリンク付」が「1ドングリ付」に。なんで見落としちゃったんだろ。でも、似てる。まさかDRINKが団栗に化けてるとは思わない。だからドリンクをドングリと読んじゃう。編集部からの「リスの饗宴?」というツッコミにも笑った。
同じくリスネタで選挙投票結果の「XX票」が「XX栗」に化ているのもあった。この誤変換も見落としがち。脳内補正してしまいがち。
何年か前の共通テストで「科挙」が「科拳」に化けていたのも、「かきょ」と読めてしまっていたのだろう。わたしが試験中に気づいていたら、「なんでこれまで誰も気づかなかったんだ?」が気になり、「この教室で他に気づいている人はいるのだろうか?」とソワソワし、試験どころではなかったと思う。
読み方は「かけん」なのか? 拳と拳で競うのか? 臨機応変力が試されるのか? エリートが猛勉強して挑む科挙のイメージがガラガラと崩れる。「今日は科挙と思いきや科拳です」と会場で告げられた科挙受験生並に動揺する。
妄想に心の準備が追いつかない。
「VOW」が大流行りだった当時は「活字」(金属製の字型)を拾って組んだものを写真に取り、印刷していた時代。写真植字、略して写植。誤植は文字の植え間違い。
活字は似た漢字が近くに並んでいるので、拾うときに間違えやすい。わたしも「野村證券」が「野桃證券」になって世に出てしまうところをデザイナーが気づいてくれて間一髪だったことがある。
手書きの原稿を写植屋さんが読み間違えてしまうこともあった。最強は「煌」が「火星」に化けたときで、ひと文字がふた文字に分解されたのが斬新だった。あまりに目立つ誤字で、うっかり世に出ることはなかったが、「煌めきと書いて、火星」を思い出しては和んだ。
当時読んだ『メディアの興亡』(杉山隆男著 文春文庫)は、新聞社から活字が消え、コンピューターで新聞を作るようになるまでを追ったノンフィクション。メールはもちろんFAXもなかった昭和初期に新聞がどうやって作られていたか、その不自由や不便を解消するために新聞社とメーカーがどう動いたかが新聞社内部の諸事情や当時の政財界の裏事情とあわせて活写されていた。
新聞が写植印刷でなくなると、新聞広告もデータ入稿になり、ご近所の活字を拾ったり手書き文字を読み違えたりの豪快な間違いは減ってしまった。そのかわり、パソコンで作ったデータをそのまま印刷に回すので、同音異義語の誤変換やキーボードのご近所の打ち間違いがふえた。
『ニッポンの誤植』にも「届ける」が「トド蹴る」、「ここ数年」が「ここ吸うねん」という誤変換が紹介されているが、人間が必死でボケて思いつくような変換候補を機械は真っ先に出してくる。デジタルのくせに天然ボケ。
と、ここで思い出す、そして蒸し返すのだが、キーボードの誤変換では「科挙」は「科拳」に化けないのでは⁉︎
手書き原稿を別な人が打ち込んだときに「科挙」という単語を知らなくて「科に拳」と打ってしまったとか。あるいは「科に拳と書いて、かきょと読む」と思っていたとか。「完璧」の「璧」を「壁」だと思い込むように。
アナログな誤字だったのではないかと思う。拳なだけに。
誤字ひと文字で意味も印象も大違いといえば、同じグループの先輩の女性CMプランナーの結婚しましたハガキで「姓が変わりました」が「性が変わりました」になっていた。自らデザインした先輩が打ち間違えたのだ。そこにフタをかぶせるのではなくネタにする大らかな職場だった。「たしかに性も変わる」「間違いじゃない」と笑い合い、「結婚とは姓と性が変わること」「深い」とうなずき合った。
誤変換ボケは笑わせたり和ませたりの脱力効果もあるが、勝負をかける場面には持ち込まないよう注意したい。住宅設計会社のパンフレットで「土地仲介」が「と地中海」になっていると、心配になる。文字校がおろそかだと工事も手抜きではないかと勘繰ってしまう。
コンクールに応募する人には「読み返してから出す」ことをすすめている。コンクール応募作品の審査や下読みをすると、書きっぱなしで出したのが見え見えの作品が目立つ。誤字脱字が多すぎるのだ。
「以上なし」 いや異常あるよ。
「名詞交換」 名前は確かに固有名詞だけど。
「金魚救い」 金魚をすくって、金魚の命を救うのか。ひらがなのままで良かったのに、なぜ変換した?
「コーヒーをすすぐ」 「すする」のタイプミスなのか、間違って覚えているのか。
「おむつ真っ白」 このキャラ、おむつしてたっけ?と読んでいるこちらのおつむが真っ白に。
誤変換ではないが、登場人物の名前が途中から変わったり、「俺」が「僕」になったりというミスも見落としがち。なるべく想像で補って修正しながら読んではみるものの、「理恵」と「真理子」が登場するサスペンスドラマで、真犯人の名前が「理恵子」となっては、フォローしようがない。
ミスはブレーキになる。たびたび踏み込まれると、作品に入り込めない。ケアレスミスで受賞のチャンスを遠ざけてしまうのは、もったいない。コンクールに応募する前に原稿を読み返すことをおすすめしたい。声に出して読む、できれば他の人にも読んでもらうと、誤字脱字発見率がアップ。
わたしがコピーライターになりたての頃は、まだワープロを使っていた。「森林地帯」と打ったら「新リンチ体」に、「あの町この町 あの道この道」と打ったら「あの町子の町 あの道子の道」と思い出の女性を絡めたがった。
機械なのに人間味があるように思えて、おかしかった。機械だとはっきりわかっているから、人間味を面白がれたのかもしれない。生成AI同士が会話できる時代になった今、「機械なのに人間っぽい」と笑っていられなくなった。
ところで、「VOW」を検索したら「街のヘンなモノ!VOW」というサイトを見つけた。コピーライトは宝島社になっている。なんと、VOWは紙媒体からネットに舞台を変えて続いていた!
後でじっくり読んでみよう。
VOWはレベルが高いので、血糊を出しても採用されないかもしれない。ドングリ級のネタを拾わなくては。
「ごめん。大崎に全然血糊なくて」が誤変換じゃなくて正解の場合もありうる。
撮影現場が大崎で血糊が必要なのに手に入らない。あるいは、大崎へ行けば血糊があると聞いていたのに、なかった。「血糊用意しといて」と言われていた制作が助監督に状況を報告する設定。とすると、「ごめん」ではなく「すみません」だろうか。
毒々しくなくポップなところが「血糊で言葉遊び」を感じさせるタイトル画像は、noteのみんなのギャラリーにて「血」で検索し、たくみんさん(小説を書かれています)からお借りしました。
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。