見出し画像

シラフじゃ言えないから─「酔ったフリして好きって言わせて」

声優の大原さやかさんの朗読ラジオ「月の音色」が10周年。10歳の誕生日記念に「酔ったフリして好きって言わせて」を読んでくださいました。次回配信(5月14日)に更新されるまでこちらで聴けます!

酔った下間都代子さんにあて書き

「酔っ払っててもできそうな作品ありませんか?」とclubhouseで親しくなったナレーターの下間都代子さんから問い合わせがあった。

絵本『わにのだんす』をclubhouseで毎日のように読んでくれ、ワニ口調がどんどん板につき、「マミワニ」の異名を持つ宮村麻未さんがclubhouseで「秋の今井雅子祭り」を計画。都代子さんにも声がかかったが、その日は外で飲んでいるので、「酔っ払って読む」ことをあらかじめ宣言した上での作品探し。

NHKあさイチ「#推し声」特集で、渾身の阪急電鉄の車内アナウンス「淡路〜」が紹介されたばかりの都代子さん。「声の宝石商」を自称するナレーターマネージメントの大御所やらビジネス書界の大物たちがこぞって惚れ込む安定感は、少々のアルコールでは揺るがない。普通の人なら呂律が回らなるほど飲んでも読めてしまうのしれないが、どうせだったら「酔った都代子さんにあて書きするのもいいかも」と提案すると、「お願い」となった。

でも、「酔っ払った芝居は難しいので、酔ったフリで」と都代子さん。「芝居しなくても酔っ払う予定なのでは?」と心の中で突っ込みつつ、

わたし「酔ったふりをして告白、みたいなシチュエーションがいいでしょうかねー」
都代子「あはは。それで」
わたし「タイトル『いつもと違う私』。お酒に酔った勢いを装って、意中の彼に電話する女。相手の男はどうやら戸惑っている様子で何度も口を挟もうとするが、最後まで言わせてと続ける女。最後に間違い電話だとわかるオチ」
都代子「良いですね。うっかり者にぴったり」

ということで、「酔っ払う予定の都代子さんが、酔ったフリして告白の電話をするが間違い電話だった」という短編をあて書きすることになった。

ちなみに都代子さんは「全国うっかり協会」会長を自認していて、やらかしは日常茶飯事なのだが、銀座の真ん中で「右と左の靴ちゃうやん!」と叫んだり、ご飯を温めたつもりのタッパーをダリの絵のように溶かしたりしているわたしは都代子さんに「重役級のうっかり者」と認められている。

うっかりコンビで、うっかりな新作、うっかり作っちゃえ。

「本人が原作」の面白さ

先月末、大阪のABCラジオで「おはようパーソナリティー古川昌希です」という番組に呼んでもらい、ABCテレビドラマ「ミヤコが京都にやって来た!」の話をさせてもらったときにも「あて書き」が話題になった。佐々木蔵之介さんと藤野涼子さんにあて書きで柿木空吉と京(みやこ)親子のオリジナルストーリーを開発したと聞いて、「あて書きって言葉、好きなんですよ」とパーソナリティの古川昌希さんが言い、アシスタントの去来川(いさがわ)奈央さんがうなずいた。

あて書きには、「本人を原作にキャラクターを膨らませる」楽しさがある。

都代子さんにあて書きするのは2度目だ。一度目はclubhouseで出会って、声だけでつながっていた頃。同じくclubhouseで声だけを知っていた広瀬未来さんとの二人芝居「たゆたう花」を書き下ろした。

後で会ってみたら、声から想像した都代子さんと本人のギャップは驚くほどなかったが、会う時間を重ねた分だけキャラクターは煮詰められる。都代子さんとは何度かお酒を共にしているし、先月大阪で会って記憶が更新されたばかり。

脚本を書くのは翻訳に似ているとわたしは思っている。頭の中に浮かんだ映像という立体を文字に書き表して平面に収める作業。その脚本からまた映像が描き起こされる。圧縮と解凍の関係にも似ている。脚本家一人の頭の中にあった映像が、脚本を介することで共有される。

どんな見た目で、どんな風に喜怒哀楽を見せ、どんな癖があって、どんな思考回路をしていて、どんな行動を取りがちか。キャラクターをつかめていると、頭の中で勝手にどんどん動いてくれる。後はそれを平面に落とし込めばいいだけだ。キャラクター像がくっきりしているほど、落とし込んだ文章の解像度も上がる。

clubhouseで仲良くなった藤本幸利さん(『嘘八百 京町ロワイヤル』『嘘八百 なにわ夢の陣』にも出演)にあて書きした流しのMCフジモトシリーズ(「両手にキャバ嬢の巻」「脚本家をヨイショするの巻」「政治に巻き込まれるの巻」)も実際に会って動いている藤本さんを見てからのほうが脳内映像が鮮明になって書きやすくなった。

間違い電話の相手は?

間違い電話をかけてしまって落ち込む主人公を、その電話の相手が救う話にしようと思った。相手は物書きがいい。締め切り前だけどネタが思いつかなくて書き出せていない脚本家。そこに奇妙な電話がかかってくる。頭では思いつかないキャラクターとシチュエーション。即採用。

「採用」と言われるどころか、自分の言ったことに反応が返ってくることも滅多にない主人公にとって、誰かに面白がってもらえたことはプレゼントのような出来事。そのプレゼントが一番うれしい日ということで、電話の時間を主人公の誕生日が終わろうとする真夜中に設定した。

間違い電話の相手の脚本家は今井雅子かもとしれない。となると、主人公が電話をかけようとしていた相手も男とは限らない。男か女か、聴く人がどちらとも取れるほうが面白い。その意図を都代子さんに伝えると、原稿を読んで同じ印象を持ったと言う。

間違い電話を切った後、相手がかけ直してきて主人公が救われる流れを考えていたが、段取りで熱が冷めてしまいそうなので、一本の電話の中で描くことにした。その代わり、最初に電話するはずだった相手に電話をかけるラストにした。

その電話は酔った芝居をせず、(シラフで)と書いた。

お酒の勢いを借りる(フリをする)のではなく、素直に気持ちを伝えようとする主人公の変化を見せる意図。懲りずに酔ったフリするのもありだし、ほんとに酔っ払っていて、優しい言葉をかけてくれそうな人に片っ端から電話かけてる人にするのもあり。いかようにも、お好みで。

書き始めたら、最初に思いついたのとは別なタイトルが浮かんだ。そこに「告知用にタイトルだけ先に教えて」と都代子さんから連絡があった。

わたし「タイトルは『酔ったフリして好きって言わせて』」
都代子「そのまんまやん」
わたし「このそのまんまなタイトルが可愛く思えるお話にしますよー」

今井雅子作「酔ったフリして好きって言わせて」

(電話の呼び出し音。相手が出る間があって)

(ほろ酔いで)もしもし? わたし。びっくりした?
知らない番号なのに、出てくれてありがとう。 
プライベートの番号、ナオミさんに教えてもらっちゃった。

え? 誰って? わたしだってば。声でわかるでしょ。
わかんない? いつもと声、違う?

お酒? ちょっとだけ、飲んでます。
今、口を開けたワインがおいしくて。
一人で飲むの、もったいないなって。
で、カオルさんの顔が浮かんで。
一緒に飲めたら、もっとおいしいだろなって。  
ジンファンデル。好き?
ううん。今から来てってことじゃなくて。
そんなことできないって、わかってる。

だけど……だから、せめて声を聞けたらなって。

間違い? ううん、カオルさんで合ってる。
カオルさんの声が聞きたくて、電話してる。

今夜ね、月が綺麗なの。秋だなって思って。
秋を分け合う相手がいないのが余計に淋しくて。
ワイン飲み始めたら、ますます、秋だなって。
しみるの、秋とワインが。

酔ってる? うん……酔ってるかな……。
一人だと、すぐグラス空いて、ペース早くなっちゃうから。

ほんと、月が綺麗。
月が綺麗だと、好きな人の声を聞きたくなるのって、
なんでなんだろ。
あ、今、好きって言っちゃった。
やっぱり酔ってる。

びっくりさせて、ごめんね。まさか……だよね。
お店で、そんな素振り、ぜんっぜん見せてなかったから。
歳も離れてるし、恋愛対象として見られてないってわかってる。
仕事だから優しくしてくれてるんだってわかってる。

だけど……だから、仕事じゃないときのカオルさんの声が聞きたかったの。
ほんとは、お金を払わなきゃ、電話でだって、おしゃべりしてもらえないんだよね?

わかってる。でも、今日だけ……今夜だけ……。
今日、私の誕生日で。
今さらめでたくもないし、お祝いするような歳でもないんだけど、いつもより、ちょっといい日だっだなって思いながら、誕生日を終えたいなって思って。
だから、日付が変わる前に、カオルさんに電話したの。

お願い。最後まで聞いて。
お酒の勢いってことで、わがまま言わせて。
あのね、無理だったら無理でいいんだけど……
わたしのいいところ、何か一つ、言ってみて。
一つだけでいいの。誕生日プレゼントだと思って。
その一つを抱きしめて、眠るから。

シラフじゃこんなこと言えないから、お酒のチカラ、借りてる。酔った勢いで、電話かけてる。
ワインがおいしいから電話したんじゃなくて、電話するためにワイン飲んでる。

間違いなんて言わないで。
そんなに迷惑? わたし、嫌われてる?

え? カオルさんじゃないの?
(シラフになり)あれ? 番号、090の735……
あ、7じゃなくて1? 135?  やだ。
わわ、ごめんなさい。間違えました。

知らない人にベラベラしゃべっちゃって恥ずかしい。
そう言えば、途中、何度も「間違い」って教えてくれてたんですよね?
すみません。わたし、思い込み激しくて。

やだ……よく聞いたら、ぜんぜんカオルさんの声じゃない。
ごめんなさい。どうかしてました。
こんな時間に、ほんとすみません。起こしちゃいました? 
あ、起きてましたか。
締め切り前? 作家さんか何か? 
脚本家さん? ドラマとか映画の? 
こんな夜中までお仕事なさってるんですね?
そんなお取り込みの最中に、お邪魔して、すみません。

え? わたしの話を書きたい?
わたしの話なんて、面白くないですよ。
今の話? 真夜中の間違い電話の告白?
頭では思いつかないキャラクターとシチュエーション……?
空回りの哀しみとおかしみが絶妙……?
これって褒めていただいてるんですか?

こんな話で良かったら、どうぞ。
間違い電話がお役に立てて良かったです。
今から一気に書くんですか? 徹夜で?
でも、締め切りがあるっていいですね。
待ってくれてる人がいるってことですもんね。
今のもセリフに使っちゃうんですか?
すごい。なんでも拾って使っちゃうんですね。
今流行りのSDGsじゃないですか。
よくわかってないですけど。

シラフ? そうです。
ほんとは酔っ払ってなんかないんです。
酔ったフリしてたんです。
あ、バレてました?

タイトル? わたしがつけていいんですか。
なんだろ。「酔ったフリして好きって言わせて」とか?
え? 採用? こんなのでいいんですか? 
そんな簡単に決めちゃって……
(突然涙まじりになり)ごめんなさい。
「採用」なんて言われたの久しぶりで。何年ぶりだろ。
普段、職場でも意見求められたりしないし、 
たまになんか言っても、ずれてるのか、なんなのか、
シラーっとされちゃったりして。
リアクションあるだけ、まだいいですけど。
飲み会の誘いなんかも全然来ないし。
わたしのこと、見えてます、みたいな。

今日も、誕生日なのに
誰からもおめでとうって言われなくて、
こんな日に限って、月がやたら綺麗で。
日付が変わる前に、せめて好きな人の声で、
優しい言葉をかけられたいなって、
電話かけたらかけたら間違い電話で。
どこまでもダメだなって、どん底まで落ちたら、
それを面白がってくれる人がいて。
ありがとうございます。
日付が変わる前に、わたしのいいところ、言ってもらえました。
こんなわたしでも生きてていいんだって、元気出ました。

わたしの話がドラマになるんですか? 
放送するとき、知らせてください。今かけてる番号に。
企画コンペ? あ、書いたらドラマ化されるってわけじゃないんですね?
選ばれる確率は何百本に一本? 宝くじみたいですね。
でも、買わない宝くじは当たらないですからね。
え? 今わたし、いいこと言いました? 
「買わない宝くじは当たらない」。
採用? これも使ってもらえるんですか?

買わない宝くじは当たらない。そうですよね。

今、日付、変わりました。
いい誕生日でした。
去年より、いい一年になりそうな気がします。
お名前、聞いていいですか。
……はい。エンドロールでお名前探します。
原稿頑張ってください。

(電話切る)
(電話かける。呼び出し音。相手が出る間があって)

(シラフで)もしもし? わたし。びっくりした?
知らない番号なのに、出てくれてありがとう。 

パンは出ないけどフルコース

そして迎えた2022.10.15(土)22:20。clubhouseで土曜夜に不定期に開かれる「迷ナレーター達が紡ぐ朗読の世界」roomの第54回で「秋の今井雅子祭り」の扉が開かれた。リプレイはこちら。

「秋の○○祭り」といえばパン。パンは出ないけど、いろんな味の作品が次々と出る。お品書きは

堀部由加里 「彼女のnoteを応援したくて元応援団員はnoteを始めた
広瀬未来  出張いまいまさこカフェ1杯目「脚本家は『つなげる』のが仕事」2杯目「クレジットは『私が作りました』のしるし
下間都代子 「酔ったフリして好きって言わせて」
小羽勝也 「膝枕─マメな男
徳田祐介 「膝枕ナビコ タトゥーを入れますか?の巻
宮村麻未 「スタンドイン

桜井ういよさん作プログラム

10分ほどの前説の後、6人が持ち時間10分を使って、どんどん読んでいく。

作品アイコンも桜井ういよさん。クオリティ高い‼︎

読み終えた人はサッと袖に引っ込み(ミュートにし)、次の人にステージを明け渡す。次の人はサッとマイク前に立ち(ミュートを外し)、読み始める。高校野球の攻守交代を思わせる素早さだ。

高校野球は表も裏も野球だが、野球の後にテニスが来たかと思うと新体操にと競技が変わるような目まぐるしさ。

喩えがピンと来ないので、スポーツの秋ではなく食欲の秋で喩えると、ひと皿ごとに店をハシゴしてフルコースを食べる感じとでも言おうか。サラダ専門店の後にカフェでデリをつまみ、バーでお酒を飲み、ボリューム勝負の店でハイカロリーな定食(豆入り)を出され、注文の通じないスパイス料理の店で珍味を食べ、ライトが眩しい店でデザートを食べたら舌を火傷した、みたいな感じか。ますますわからないか。

筒井康隆の短編集「薬菜飯店」を読んだとき、収められている作品が同じ作者の手によるものとは思えないほどどれも違っていることに感動を覚えた。わたしもclubhouseでいろんな人に作品やnoteを読んでもらううちに調理法や味つけの引き出しが増え、レパートリーが広がり、筒井康隆の領域に近づいているのではないかと自惚れた祭りの夜。ただし当社比。

あなたをこれまで決して味わった事のない爽快な体験に案内する、究極の料理小説「薬菜飯店」。不思議な味わいの川端賞受賞作「ヨッパ谷への降下」や懐かしい味わいの「秒読み」、ファミコンの悪魔が子供に憑依する「偽魔王」など傑作短編6編。それに「サラダ記念日」を本歌どりした過激なパロディ短歌「カラダ記念日」を収録。鬼才が腕によりをかけた短編特別メニュー。

「BOOK」データベースより筒井康隆「薬菜飯店」
宣伝アイコンも桜井ういよさん作

憧れの舞台で冠ライブ

6人の朗読の後、スピーカーに招いてもらい、感想とお礼を伝えられた。そこでも話したが、わたしにとって、「迷ナレーター達が紡ぐ朗読の世界」で今井雅子祭りを開いてもらえたのは、ごほうびのような事件だった。

迷ナレーター部屋で最初に読んでもらった作品が、下間都代子さんと広瀬未来さんにあて書きした「たゆたう花」だった。このルームでまた読んでもらいたいと思っていたところに、ひと月ほど経って、広瀬未来さんの「売春婦リゼット」を聴いた。妄想をかき立てる話が向いているのではと思い、「世にも奇妙な物語」に提案して選ばれなかったプロットを掘り起こし、一気に書き上げたのが「膝枕」だった。

憧れのライブハウスでライブを見た興奮で「ここでかけてもらえる曲を書きたい」と書き上げた楽曲を、そのライブハウスに出入りしている出演者が気に入って歌ってくれるようになり、それを励みに書き続けていたら、ついにそのライブハウスで自分の名前をタイトルにしたフェスが開かれた……。そんなドラマティックな流れ。

clubhouseの出会いをつなげてどんどん大きな夢を叶える人を「クラしべ長者」と呼ぶらしい。作品も、それを読んでくれる人も、それを聴いてくれる人もどんどん増え、祭りを開いてもらえるまでになったわたしは「クラしべ長者」だし、膝枕の縁をつなぐ「ヒザしべ長者」でもある。

「酔ったフリして好きって言わせて」。clubhouseでの朗読はご自由にどうぞ。「私」の設定は年齢、性別、国籍、性格、お好きにアレンジOKですが、アレンジ版を別原稿として公開するのはご遠慮ください。

clubhouse朗読をreplayで

2022.11.3  富永理恵さん

2022.11.4 kana kaedeさん

2022.11.11 こたろんさん

2022.11.14 宮村麻未さん

2022.11.17 関成孝さん

2022.12.13深夜 おもにゃん(Atsuko Fukuoka)さん

2022.12.16 鈴蘭さん

2022.12.27 伊藤富士子さん

2023.4.1 鈴木順子さん

2023.7.7 関成孝さん(男性版)

2023.7.9 日浦弘子さん(京おんな版)

2023.7.10 おもにゃん

2024.2.9 Yuko Sanoさん(今井雅子に電話する誕生日記念バージョン)


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。