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映画祭審査員は五人五色(出張いまいまさこカフェ9杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の9杯目。特集は栗山千明さんと古厩智之監督。

《料理にたとえれば、わたしは「こんなの初めて食べました」と感想止まりなのに、彼らは食材が育った畑に思いを馳せ、その土地の冬の長さが料理に与えた影響について思案する》 

読み返しても審査会議は緊張感があってドラマティックだった。審査にあたって観た映画を何倍も味わったような充実感があった。脚本家や監督を目指す人は、審査会議に立ち会う機会(公開審査など)があれば、ぜひ体験して欲しい。目から鱗がボタボタ落ちて魚になって泳ぎ出す。その魚と一緒にもっと遠くやもっと深くへ辿り着けるかもしれない。

「映画祭審査員は五人五色」今井雅子

はじめて映画祭の審査員を務めた。7月に埼玉県川口市で開かれたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国際長編コンペティション部門。5人の国際審査員は、審査委員長にオーストリアからプロデューサーのダニー・クラウツ氏、韓国から監督のホン・サンス氏、アルゼンチンから撮影監督のリカルド・アンドリュース氏、日本からプロデューサーの甘木モリオ氏と紅一点で脚本家の今井雅子という顔ぶれ。審査会議は日本語、英語、スペイン語、韓国語が飛び交った。

審査委員長のダニーは「ダイバーシティ」と何度も口にした。diversity、多様性。それは審査員だけでなく、75の国と地域から寄せられた693作品を代表する12本のノミネート作品にもあてはまった。ダニーはまた審査会議の前に「アナニモス」(unanimous、満場一致の)と繰り返し念を押した。ダイバーシティとアナニモスの間の距離を埋めるのは、ディスカッションだ。意見をぶつけあい、議論を尽くした上で投票を行い、「この賞には、この作品」という一本を選び出す。その作業を賞の数だけ5回繰り返すことになった。

4つの国から集まった5人の映画人が推す作品は予想通り割れた。わたしは他の4人の意見に圧倒されっぱなし。同じ映画を観て、こうも受け止め方に差が出るものかと驚き、その映画もう一度観てみたい!という気分にさせられた。

料理にたとえれば、わたしは「こんなの初めて食べました」と感想止まりなのに、彼らは食材が育った畑に思いを馳せ、その土地の冬の長さが料理に与えた影響について思案する。料理人がどんな子ども時代を過ごし、なぜゆえこのような料理を作ろうと思い至ったのかまで想像するのだった。

様々な材料やスパイスや料理人の思いを煮詰めてひと皿のスープが仕上がるように、映画の数時間には準備から完成までの数年間が、作り手の歩んできた人生が、さらには作り手の国の歴史が凝縮している。その豊かな味わいを読み解く舌は、映画製作の経験を積み、古今東西の作品との出会いを重ねてきた賜物だ。数年前に「フェリーニの『道』は観といたほうがいいよ」とブロデューサーに薦められ、巨匠の名を地名だと勘違いして、「その道はどこにありますか」と聞いた(「TSUTAYAとか」と回答があった)ときからさほど映画経験値が上がっていないわたしは、目から鱗をドボドボ落としながら、勉強不足を反省した。

そんな若輩者が紛れ込んだダイバーシティ発アナニモス行きの旅は、五人五色の思惑の作用反作用化学変化でカメレオン的に様相を変え、何色の結末にたどり着くのか当人たちにも先が読めない冒険となったが、無事5つの賞を全員の拍手とともに選び出すことができた。夢中のうちに3時間が過ぎた審査会議を共にした3人の通訳さんも「こんな面白い会議は初めて!」と満場一致。

写真脚注)レバノン映画『戦渦の下で(Under the bombs)』で助監督とヘアメイクと
ジャーナリスト役を務めたビシャラ・アタラ氏の肩書きは“artist unlimited”。

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。