悪魔の囁き─スタンドイン
14年前のわたしが大量に書いて一本も引っかからなかった「世にも奇妙な物語」プロット(企画意図がわかるストーリー案。一部は「世にも奇妙な埋蔵プロット」にて公開)を掘り出して読みものにする企画。「膝枕」に続いて第2弾。
今井雅子作 「スタンドイン」
「おはようございます!」
トップアイドルの田宮マヤが控え室でメイクを終えると、最高級の笑顔をふりまきながら、セットを組み立てた撮影スタジオに現れた。
彼女を起用したシリーズCMは彼女同様国民的人気を誇り、CM好感度ランキングでは常に上位にランクされている。
だが、マヤの声はスタッフたちの爆笑と重なってかき消され、誰もマヤが入ったことに気づかない。
「あ、マヤさんおはようございます! 皆さん、田宮マヤ、入りました!」
マネージャーの大声で、ようやく気づいたスタッフたちが「マヤさんおはようございます」と口々に声をかけるが、マヤはすっかり機嫌を損ねてしまった。
「主役はこのわたしなのに」
マヤに代わってカメラ位置を決めるスタンドインの女の子を囲んで、スタッフたちが盛り上がっていたのが面白くない。
「ごめんねマヤちゃん。ちょっと待ってくれる? もう一発、テスト撮影行くから」
CMディレクターはそう言うと、
「マアヤちゃん、お待たせ」とスタンドインに声をかけた。
「ちょっと、あの子いつからマアヤって名前になったの?」
マヤに問い詰められたマネージャーは、自分が悪いわけではないのだが、「すみません」と頭を下げ、申し訳なさそうに続けた。
「占い師に見てもらったら、名前を変えたほうがいいと言われたそうで……」
「よりによってマアヤだなんて紛らわしい名前」
ますます腹が立つ本家マヤ。メイクしたての眉間にシワが寄る。
「マアヤちゃんって、マヤちゃんと身長同じなんだって?」
「そうなんです。身長だけじゃなくて体重もスリーサイズも同じです」
「名前も似てるし」
「マアヤとマヤってややこしいですね」
自分で名づけたくせにとマヤは腹立たしい。だいたい、どうしてそこまでそろえる必要があるのか。気持ち悪い。
「じゃあ、マアヤちゃんは田宮マヤの専属スタンドインなんだ?」
「専属ってわけじゃないんですけど、田宮さんのお仕事は、必ず声かけていただいてまあす」
マアヤはマヤを「田宮さん」と呼んだ。今までは「マヤさん」と呼んでいたのに。
「なんか、顔とか声とかだんだん似てきたもんね」
本家マヤを差し置いて盛り上がるCMディレクターとスタンドイン・マアヤ。トップアイドルを待たせている緊張感はまるでない。なめられている。
「しばらく始まらないみたいね」
本家マヤは聞こえよがしにマネージャーに告げ、控え室に引き上げる。
と、部屋の前で黒ずくめの長身の男が待ち受けていた。マヤはギョッと立ちすくむ。
「おひさしぶりです」
「誰?」
「まさか、お忘れですか?」
「何のことですか? 知りません!」
マヤは控え室に飛び込み、鍵をかける。その手が震えている。あの声。あの目つき。知らないどころかよく知っている。覚えている。だからこそ逃げた。男には一度会ったきりだが、二度と会いたくないのだ。
スタジオではテスト撮影が終わったが、マヤは控え室から戻って来ない。
「田宮さん、どうしちゃったんでしょう。私、見てきますね」
スタンドイン・マアヤがマヤを呼びに行った。
「田宮さん、みなさんお待ちです。カメラアングルも照明も決まりました。後は撮るだけです。私の仕事はここまでです」
マヤはドアを開けず、「今日は気分じゃない」と控え室の中から声だけを返した。スタンドイン・マアヤが何を言っても無駄で、最後には「誰のせいだと思ってんの!」とぶち切れた。
スタジオに戻り、スタンドイン・マアヤが田宮マヤの伝言を伝えると、「おいおい」「マジかよ」と現場のあちこちから悲鳴とため息混じりのツッコミが飛んだ。
「今日はダメって、いつだったらいいんだ?」
CMディレクターに詰め寄られたマネージャーが身をすくめる。
「すみません。スケジュールは2か月先までびっちり埋まっておりまして」
「マネージャー、なんとか説得してよ!」
「オンエア間に合わないよ!」
「CM枠買っちゃってるんだよ。ACで埋めなきゃなんないよ」
マネージャーはタジタジするばかりで、らちが開かない。
「私じゃダメですか?」
スタンドイン・マアヤの声がスタジオに響いた。その声も言い方も田宮マヤに寄せている。
「マアヤちゃん、気持ちはうれしいけど……」
姿かたちも似ているし、テスト撮影で動きもばっちり頭に入っている。だが、所詮は偽物。田宮マヤにはなれない。
「いいんじゃないでしょうか」
一同が声の主を見る。クライアントの宣伝部長だ。クライアントのいないところで話をまとめようとしていたのだが、バッチリ聞かれていたらしい。
「大切な仕事を気まぐれに投げ出すような方に、わが社の製品を宣伝してもらいたくありません。田宮マヤさんとは長いおつきあいでしたが、残念です」
「しかし、田宮マヤの抜群の知名度と好感度が、御社の製品の認知度アップに貢献を……ここは一つ、日をあらためて撮影を……」
広告代理店の担当営業があわてて口をはさむ。ここでタレントが降板すると莫大な賠償金が発生してしまう。だが、宣伝部長はきっぱりと言った。
「潮時でしょう。今回は新製品ですし、見飽きた有名タレントよりも新人を使ったほうが、新鮮なイメージを打ち出せるんじゃないでしょうか」
一方、控え室では、「そろそろマネージャーが血相変えて説得しに来る頃なんだけど、いくらなんでも遅すぎる」と田宮マヤが心配になったところに、予想通りマネージャーが血相を変えて飛び込んできた。
「マヤさん、大変です!」
「やってもいいけど、条件があるの。あのマアヤって子、スタンドインから外してちょうだい」
田宮マヤが用意していた台詞を芝居がかってぶつけると、マネージャーは悲しそうに言った。
「はい、彼女はもうスタンドインじゃありません」
「良かった」
「良くありません。彼女が主役になりました」
ショックのあまりマヤは卒倒し、救急車で運ばれると、そのまま緊急入院。眠りから覚めて病室のテレビで目にしたのは、スタンドイン・マアヤのデビューCMだった。
田宮マヤが撮影するはずだったセットで、スタンドイン・マアヤがライトを浴びていた。
本家マヤが体調不良で入院している間に「MAAYA」として売り出したスタンドイン・マアヤは大ブレイク。田宮マヤの代役を務めたCMが大ヒットし、他社からもオファーが押し寄せているらしい。
さらに、田宮マヤに来ていた連ドラの役もMAAYAが持って行ってしまった。テレビをつけるとMAAYAを見ない日はなく、田宮マヤは心身ともにますます具合が悪くなり、入院は長びいた。
最初は「田宮マヤに似ている」「キャラがかぶっている」と言われていたMAAYAだが、毎日MAAYAを見続けているうちに、田宮マヤなど最初からいなくて、MAAYAが本家だとお茶の間は刷り込まれてしまった。
「ちょっと! MAAYAよ!」
「ファンです!」
田宮マヤのいる病室の外の廊下が騒がしい。
「MAAYAがこの病院に? 足音が近づいて来る!」
MAAYAが田宮マヤを訪ねて来た。病室にはマヤとMAAYAの二人きりだ。
「ご無沙汰しています。田宮さん」
「その呼び方やめて」
「今は私のほうが売れちゃいました。ここは静かでいいですね。もう、どこに行っても追いかけられちゃって」
「イヤミ? 人のポジション乗っ取って、遠慮はないわけ?
「あんなにあっさりうまく行くとは思いませんでした。田宮さんがデビューしたときもそうでしたよね」
「何が言いたいの?」
「あの日、私も田宮さんと同じものを買ったんです。黒ずくめの男から」
「何のこと?」
「チャンスですよ。デビューの。3年前、スタンドインだった田宮さんは、ドタキャンした女優さんの代わりを務めたCMでデビューして、一気にブレイクしたんですよね」
「まさか……」
「あの日、田宮さんの控え室からスタジオに戻る途中で声をかけられたんです。黒づくめの長身の男の人に。最初は半信半疑でした。デビューのチャンスなんて、買えるわけないって。でも、その通りになりました」
「あの男、あの日は私を裏切る前に、さよならの挨拶に来たってわけね」
「いえ、契約更新のおうかがいだったみたいですよ」
「契約更新?」
「契約期間の3年が終わったので、更新されるかどうかをうかがいに来たところ、田宮さんは間に合っているご様子だったので、契約を解消したそうです……」
「そうだったの?」
「おかげで、浮いたチャンスが私に回って来ました」
3年前、黒ずくめの男と取引してからしばらくは、いつ秘密をバラされるかとヒヤヒヤした。だが、何事もなくひと月ふた月経つうち、あんな男など存在しなかった、デビューは自分の手で勝ち取ったのだと思うようになった。出演した12社のCMはいずれも大ヒットし、CM賞も総なめにしてきた。どのクライアントも田宮マヤのファンになり、宣伝部長が変わるまではタレントは変えないと言われた。3年が経ち、忘れた頃に、あの男が現れ、ゆすられるのではないかとあわてた。その不安から気分が悪くなり、控え室から出られなくなった。
それが、スタンドインにデビューのチャンスを与えてしまったとは。
田宮マヤは愚かな自分を張り倒したくなる。もう自分の戻る場所はない。完全にMAAYAに取って代わられた。タイムマシンに乗ってあの日の控え室の前に戻りたい。もう一度チャンスをちょうだい。今度こそ、つかんだら絶対離さないから。
「田宮さん、良かったら、私のスタンドインやります? 身長も体重もスリーサイズも同じ。スタンドインをしながら神様のいたずらが入る余地を待ったら、またデビューできるかもしれませんよ」
田宮マヤは目眩を覚える。3年前、マヤも同じことを言ったのだ。スタンドインだったマヤがトップアイドルの座を奪ったマヤヤに。
スタンドインの話を書きたかった
スタンドインの話を書きたいと思ったのは、CMの撮影現場で見ていたからだった。ライトを浴び、カメラを向けられ、テスト撮影され、スタジオの真ん中にいたスタンドインが、主役のタレントが到着した途端、透明人間になる。事務所の後輩なのか、背格好が似ているモデルなのか。デビューを目指しているのか、これが仕事と割り切っているのか。
わたしの方が売れてもおかしくないのにと思ったりしないだろうか。
「スタンドイン」のプロットが埋もれ、記憶の底に沈んだ頃、2020年、ユニバーサル・オーディション「ルーツ」との出会いがあった。オーディションの動画を見て、「スタンドイン」「私じゃダメですか?」とメモした。「私じゃダメですか?」の脚本を書いた後で2007年に書いたプロットと再会し、すでにそのセリフがあったことを見つけた。
ファイル名は「世にも奇妙な物語 スタンドイン 20070902今井雅子」。「世にも奇妙な物語」のプロット採用は何百本に1本というのが当時の噂だった。プロットも脚本も、いつどんな風に化けるかわからないので、わたしは「書く宝くじ」と呼んでいるが、「世にも」は年末ジャンボ級の当選確率だった。
「膝枕」も「スタンドイン」も、かすりもしなかったが、「膝枕」はClubhouseで朗読リレーが続き(2021.9.29で122日目)、二次創作も続々生まれている。テレビ放映とは違う形で、時を経て当たったとも言える。「スタンドイン」の返り咲きもあるかもしれない。
「私じゃダメですか?」脚本もあわせてどうぞ。
膝開き王・徳田祐介さんがマヤ開き
9月28日の夜中、Clubhouseでエロボおじさんたちの雑談を聴きながら「スタンドイン」を仕上げて公開し、同じルームにいた桜井ういよさんとMiho.Fさんにお知らせしたところ、日付が変わってからの寝落ち朗読ルームで徳田祐介さんが初見読みしてくれた。膝開き王のマヤ開き。男性が読むのもあり。それにしても徳田さんは憂いのある女性役が似合う。「あの日」を悔いるマヤの哀愁が初見とは思えない切実さで迫ってきた。
感想会では「ありそうな話」「身につまされる」「ギターを弾いて歌う女性アーティストが数年周期で現れ消えるのが気になる」といった声が寄せられた。
加工しすぎて誰かわからなくなっているわたしのアイコン。スタンドインに乗っ取られた状態⁉︎
Clubhouse朗読をreplayで
2022.1.4 かわいいねこさん
2022.6.3 大文字あつこさん(おもにゃん)
2022.8.8 宮村麻未さん(タップノベル版に影響されて練習部屋)
2022.10.22 鈴木順子さん
2022.11.13 おもにゃんさん
2022.12.12 宮村麻未さん
2023.6.17 おもにゃんさん
2023.7.24 おもにゃんさん
2024.2.10 おもにゃんさん
TapNovel版も
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。