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科学と人文学の架け橋【本の感想】世界が動いた決断の物語

本書を一言でいうと:
複雑な意思決定は難しい。だからこそ具体的に取り組む方略が必要である。その方略を人類は築いてきた。その歴史と蓄積に学び、複雑な意思決定をできる知を身に着けよう。

スティーブン・ジョンソンの書籍では"Everything Bad is Good For You"が印象深い。ビデオゲームの学びにおける有用性について指摘した本である。そのときから「多くの人が常識だと思っていることに、データと事実から鋭い議論を立て、それを惹き込むような文章で書く人だな」となんとなく思っていた。
今回数年ぶりに彼の書籍を読んで、さらにスケールアップしたジョンソンの議論を堪能させてもらった。

本書は、大きなインパクトを長期に渡って生み出す可能性があるような「複雑な意思決定」について論じている。その失敗と成功の歴史をいくつかの事実に沿って取り出し、その上で科学、技術の観点を踏まえて、その意思決定の方略のある程度の一般化に取り組んでいる。
と、このように書くと実に固くて読みづらい本を想像されてしまいそうだが、実際にはまったく逆で、もう先が読みたくて読みたくてたまらなくなる本である。それは、著者の論の組み立てと、ストーリー展開が実に秀逸だから。

単に事実としては知っていたことについて、いままで自分がまったくもっていなかった観点を学ぶ事ができたという意味で、まったく知らない世界を知るのとは違った意味で、感動を覚える。そんな本だ。

気になったところをまとめる。

序章で、複雑な、先を見通した意思決定が難しい要因を8つ挙げている。
・複数の変数がかかわる
・スペクトル全体の分析が必要である
・将来の予測を強いる
・さまざまなレベルの不確実性が関与する
・相反する目的が関与することが多い
・未知の選択肢を隠している
・システム1の失敗をしがちである
・集合知の欠点に弱い
このリストを見るだけでも納得感は高いが、特にこれに関連していうと行動経済学の知見との関連が興味深い。すなわちシステム1(速い思考)の特性から来る失敗が多いということがひとつ。もうひとつは、これまでに世に出ている行動経済学に関する書籍はシステム1の陥る罠についてはたくさん解説してくれているけれど、どうやったら「時間を使った上でのよい意思決定ができるか」を納得感高く描き出してくれているものがほとんどないということ(私が知らない)。
まさにここにフォーカスした本書は、稀有であり、そして極めて面白い。

本書でとりあげるエピソード群のうち特に私が好きなのは2つ。
・アメリカ政府によるビン・ラディン捕獲作戦の意思決定
・チャールズ・ダーウィンによる結婚とインチキ医療に関する個人的選択
前者については、2011年にアメリカ軍がパキスタンでビン・ラディンの屋敷を急襲して殺害に成功した、という事実はだれでも知っている。だが、その裏でどのような意思決定のプロセスがあったかについてはほとんど知られていない。上で取り上げた「意思決定の難しさ」の各要因が織り込まれている事例であり、何も考えずに適当にやっていては、確実になんらかの大失敗を起こしていたことだろう。だが結果的にアメリカ政府/アメリカ軍はこれをやり遂げた。暗殺という行為の善悪はさておき、意思決定の成功についてこれほど学べる事例だったとは、という感動がある。
後者については、ダーウィンが結婚するか否かをメリット・デメリットでノートに書き出した話が面白い。まずそれを私は知らなかった。現代までに得られた知見として、「線形価値モデル」の話がある。すなわち、それぞれのメリット、デメリットなどの「価値」の相対的な重み付けを設定して、選択ごとに自分の核となる価値について100点満点で採点する。
この手法の有用性は相当に高いと感じる。あくまでダーウィンの選択の事例は個人の話だが、これは立場が異なり利害が衝突しやすい複数関係者がいる上での意思決定においても充分に使える。

終章で書かれている話は「ああたしかに」と強く思う。それは何かというと「生まれてから四半世紀をすごした学校では、長い期間で意思決定そのものを教える授業はなかった」「学校で学ぶ価値がある」という話。それは本当にそうだ。
個人として生きる上でも、あるいは集団や組織と関わって何かを行っていく上でも、どちらにおいても意思決定の技術は極めて有用だ。
意思決定を学校で学ぶことは「科学と人文学の架け橋だ」と著者は言う。人生をアンサンブルシミュレーション(天気予報に使われる、条件を少しずつ変えたシミュレーションを多数行って確率的に何が起こりやすいかを計算する方法)は使えない。その代わりに、小説などの物語が使える。
逆もまた然りで、科学的知見と手法のおかげで、意思決定にまつわる難題を定量的に描き出したことが、私達の認識を進歩させていく。
科学と人文学は対立するものではなく、ともに使うことで私達の意思決定の質を高めていける。

★★★★★(5/5)

世界が動いた決断の物語【新・人類進化史】 (日本語) 単行本 – 2019/3/27
スティーブン・ジョンソン (著), 大田直子 (翻訳)

[原著]
Farsighted: How We Make the Decisions That Matter the Most (2018)

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