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海外SF小説『アインシュタイン・シーソー』第4回(全5話)

"The Einstein See-Saw" by Miles John Breuer

作・マイルズ・ジョン・ブロイアー

翻訳・広真紀

初出『アスタウンディング・ストーリーズ』(1932年)

悪の科学者を調べていたフィルとアイオナは不思議な超宇宙空間に迷い込む。


第4話「超宇宙に取り残されて」

「彼が何をしたか、あなた、わかって?」ブルームズベリ嬢が尋ねた。
「だいたいはね。念の為に解説してもらえるかな?」彼は表面こそ戯けて見えたが、内心はシリアスで絶望を感じていた。
「彼はわたしたちを超宇宙、あるいはあなたの新聞の読者にわかるように言えば、四次元に送って放置したの。さっきの紙を思い出して。紙の表面にあったXとYは一八〇度の角度を保ったまま、紙の表面を飛び出して、空間のどこかにいる。わたしたちがいるのはそんなところ」
 しばらく何もする気が起こらなかった。二人は無言のまま、お互いを見つめあった。しかし、このままでいるわけにはいかず、勇気を奮い起こして行動することにした。最初にすることは、この世界がどんな世界か、情報を集めることだった。彼らはそのための第一歩を踏み出さなければならなかった。とりあえず、あの奇妙な小さい地平線の端に向かって歩いていこう。恐くはあった。まるで高い塔の縁の上を歩いているようだった。
 驚いたことに、地平線の端は二人が前進するにつれ後退し、常に彼らから十二フィートほど離れたところにあった。コンクリートだった足元はやがえ固い砂の大地に、さらに岩に変わった。岩は花崗岩のようだったり、黒くて光沢のある岩だったりした。その下には、柔らかな光が射す広大な空間があった。さまざまな大きさの球体が数え切れないほどたくさん浮かんでいた。球体は木――緑の樹液で潤った木で出来ているように見えた。しかし二人が前進するとそれは消えた。気になって後戻りしたら、また見えたが、進むと消えた。
 その先には、巨大な怪物の背中がのたうつ大きな水域があり、熱い風が吹いていた。さらに、何も無いところを少し進むと、今度は、正視できないくらいまぶしい光の層の中にギザギザした巨岩の列が見えた。それはまるでキュビズム(立体主義)(*9)の作品のように見えた。次に虚無の空間、さらに、濃緑色の葉っぱをつけた、茶色くてねばねばした蔓がループ状にもつれたものが密集する広い森のような空間があった。蔓の輪がひとつ、手を伸ばせば触れることができるくらい近くに突き出ていた。
「めちゃくちゃだ!」フィルは喘いだ。「ぼくたちは気が狂っちまったのか? それとももう死んで、煉獄に来てしまったのか?」
 アイオナは笑って、かぶりを振った。彼女には現代数学の豊富な知識があった。
「私たちは、私たちの宇宙以外の他の「宇宙」を垣間見ているの。でも、私たちは三次元でしか知覚することができないから、変に見える。超宇宙の中で、私たちの宇宙とパラレルな、限られた部分だけを垣間見ている。わかる?」
「わかるさ」フィルは呻いた。「といっても、何となくだけどね。まあいい、先を続けて」
「たとえば、木の球体だけど――」アイオナは続けた。「三次元で成長した木を二次元に変換して見ているの。考えても見て、私たちの網膜が見ているものは二次元なのよ」
「はいはい。ジャバウォックの詩(*10)みたいにわかりやすい説明だね」
「ジャバウォックならそこにいるわ!」
 アイオナが指さした先には、さまざまな色の木のボールがいくつも結合して出来ている生き物がいた。
「ティンカートイ(*11)だ!」フィルは叫んだ。「でかい! しかも、生きてる!」
 確かに生き物たちはティンカートイに似ていた。体は塗装された木のようで、ぎくしゃくと動き、カチカチと音を発していた。
「本当は違う姿をしてるだと思うわ」とアイオナは言った。
 突然、一匹の獣が二人に飛びかかってきた。二つの大きな目と二列の歯が、フィルのズボンの裾のあたりでバチッと音をたてた。ズボンが数平方インチ裂け、足に痺れが走った。足を振り回し、獣を蹴った。獣は木か骨で出来ているように硬かった。獣はいなくなったが、気分の悪くなる奇妙な揺れがしばらく残った。さらに進むと、もう何もなく、金庫のあった元の場所に戻った。黒い鉄の塊は二人にマイホームのような安堵感を与え、二人はともに自嘲した。
「元に戻ったってことは、ひょっとしてぼくたちは球体の上を進んだのかな?」フィルは尋ねた。
「たぶんそうでしょうね。不規則な物質の塊の上」とアイオナは答えた。「一部はトニーのラボのコンクリートの床であり、一部は他の次元のもの。この物質の塊は長い棒の形をしていて、両端は超宇宙の任意の場所。それが私たちの宇宙のシカゴのどこかを軸として回転しているんだわ」
「それなら」とフィルは示唆した。「軸のところまで歩けば、シカゴに戻ることができるんじゃないか?」
「歩くことはできるけど、三次元の移動はできないわ。私たちは物質の表面を二次元的に歩いているだけだから」
「さっきとはは別の方向に探検旅行をしてみないか? この「宇宙」は興味深い見世物だ。もう少し見てみたい」
 二人はさっきとは直角の方向に歩き出した。少し歩くと、星や星雲が点在する広い宇宙が見えてきて、頭上を二つの明るい月が運行していた。さらに進むと、手で触れることができるくらい近くに厚い花崗岩の壁。次は、明るい縞模様や輪や円が渦巻いている塊。それは光だけでできているようで、数秒間、目が眩んだ。アイオナは大きな有機分子ではないかと思った。奇妙としか言いようのない形や輪郭が現れたり消えたりした。彼らの宇宙によって切り取られた多次元のうちの三次元部分。さらに二人は強烈な寒さと恐ろしい音のする場所を抜けた。怪我したり発狂したりしなかったのは、一瞬でそこ通り過ぎることができたからである。
 元の金庫のある場所に戻った時には、緊張のせいでくたくたで、精神はひどく混乱していた。飢えと渇きを覚えたのはこの時だ。非現実的な超空間の世界で、二人は初めて恐怖を実感した。
 少し休憩した後、二人は水や食べ物を探し始めた。フィルの脛に噛み付いた別の「宇宙」の獣がいるということは、食べ物があってもおかしくない。二人は最初の探検で見つけた水の領域に向かった。水に手を浸すことができた。暖かい。しかし、塩辛すぎて飲むことはできなかった。次に、蔦の森に行った。手を伸ばして蔦に触った。ゴム状で、弾力性があり、引っ張ると伸びた。獣と接した時と同じ不愉快な揺れをまた感じた。
「その揺れ、たぶん空間の襞(ひだ)だと思う」とアイオナは言った。「物質が宇宙を出入りするたびに宇宙の性質が変化するのよ」
「だったら」フィルは慌てて蔦から手を離した。「気をつけなきゃ。変なことしたら元の世界に戻れなくなっちゃう。別の宇宙に行って迷子になんかなりたくない」
 蔦の森は少し暗くなったが、すぐ元に戻った。
 二人はまた歩き出した。食べ物や水はどこにも見つからなかった。
「がっかりだよ」フィルは金庫に背もたれして、コンクリートの床を見て言った。
 超宇宙でどのくらい時が経ったのか、フィルもアイオナもわからなかった。とりあえず、フィルの腕時計は時だけは刻んでいる。彼は座ったまま、自分のこれまでの人生を顧みた、華々しいキャリアもここで終わってしまうのか。ふっと横にいるアイオワを見ると、彼女は泣いていた。彼はアイオナに謝罪した。
「君を止めるべきだった……」
「私のことはいいの。でも、父が……父の世話をする人がいなくなる。父はいつ食べるかさえわからない人なの……」と彼女は声を上げて泣き出した。
 フィルは何も言えず、俯くしかなかった。

(つづく)


*9 キュビズム(立体主義) 1907年から08年頃ピカソとブラックによって始められた芸術運動。立体派と訳される。それまでの絵画の「視覚のリアリズム」に対して「概念のリアリズム」を主張し、三次元的現実社会の概念を二次元的に翻訳するとともに、絵画を一つの美的存在として結実させることを目的とした。(出典 weblio辞書)
*10 ジャバウォックの詩 ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』に出てくる、架空の生き物ジャバウォックにまつわるナンセンス詩。
*11 ティンカートイ アメリカの子供向けのおもちゃの建設セット。



画像はrambotentによるPixabayからの画像


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