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海外SF小説『アインシュタイン・シーソー』第2回(全5話)

"The Einstein See-Saw" by Miles John Breuer

作・マイルズ・ジョン・ブロイアー

翻訳・広真紀

初出『アスタウンディング・ストーリーズ』(1932年)

悪の科学者を調べていたフィルとアイオナは不思議な超宇宙空間に迷い込む。


第二章「消えた貴重品」

 警察はトニーがスカーネック・エドの資産の一部を所有しているに違いないと確信していたが、その証拠を見つけられず、起訴を断念した。しかし、これから何か決定的な証拠が出てくるかもしれない、あるいは、彼が何かしでかすかもしれないと期待して、事件が一件落着した後もずっと彼のことを見張っていた。だが、ここ三、四ヶ月、トニーはすっかり改心したように見えた。張り込みの刑事の報告では、彼は一日中ラボにいて、薄暗い部屋で夜遅くまでベンチや機械の上にかがみこみ、何やらごそごそやっているということだ。しかし、捜査の目はその後、前代未聞の事件が起きたことで、トニーからそちらに移ることになる。
 ある朝のこと、宝石商のアンブローズ・パラキート氏がノース・アメリカン・ビル十四階のエレベーターを出て、自分のオフィスに入ろうとドアの鍵を開けたところで、ギョッとして動きを止めた。ふらふらとよろめいて、ドア枠にもたれかかり、それから大声でこう叫んだ。
「だ、誰か、来てくれ! 泥棒だ!」
 たちまち数人が集まってきた。パラキート氏が部屋の中を指差すので見てみると、机の上に木箱があった。いささか古びていて、雨風にさらされたように傷んでいた。軽食用カウンターか本箱として使われていたものに違いない。パラキート氏は喘ぎながら、それを指差し続けた。集まった人々は彼が精神に異常をきたしたのではないかと疑った。エレベーター係の女性がマニュアルに従ってビルの管理人を呼びに行った。管理人はが到着し、野次馬の間を縫ってパラキート氏のところに行くと、
「それだ、それだ! 見てくれ! あれは何だ?」パラキート氏の目は泳いでいた。彼は六十歳近い小柄な老人だが、放心状態にあるのは明らかだった。
「どうしたんですか、パラキートさん?」ビルの管理人が訊いた。「金庫を動かしたことを忘れたんですか?」
「私は動かしてなんかいない!」老人は困惑顔で答えた。「動かしていない、動かしていないのに、消えたんだ。昨日の夕方五時、オフィスを出る時には確かにあった。間違いなく。もしかして、あんたが動かしたのか? じゃなければ、他の誰か?」
 ビルの管理人は哀れな老人と一緒に部屋の中に入った。ドアを閉じる時、廊下にいる人々に解散を命じた。部屋の中にあった一番座り心地の良さそうな椅子にパラキート氏を座らせ、電話を数回掛けた後、自分も椅子に腰掛け、老人と向かい合った。時々視線をそらしてたりして、老人が落ち着きを取り戻し、話が聞けるようになるまで辛抱強く待った。
 ビルの管理人は有能な人物で、ビルと居住者については熟知していた。自分の部屋と同じくらい、パラキート氏所有の重さ三トンもあるAV&L社の中型金庫のことも知っていた。彼がこのビルに入居した時にはエレベーターで運ぶことが出来ず、滑車装置で釣り上げて窓から入れたものだった。だから、エレベーターで金庫を降ろすことは不可能で、本人の許可なく金庫を動かせるものは誰もいないはずだった。その後、警察の巡査部長、夜勤、ビルの夜警、近隣の人々への聞き込みで、事件発生までの二十四時間、エレベーターでも窓からでもノース・アメリカン・ビルに出入りした者がいなかったことが判明した。
 新聞各社はこぞってこのミステリを取り上げた。パラキート氏がこうむった被害は十万ドルを超えたこともこの騒ぎを大きくした。巨大な金庫が跡形もなく消え失せ、代わりに木箱が現れた! そんな大見出しが紙面に踊った。数日にわたり、新聞は事件の続報を伝えたが、次第に書くこともなくなって、関心も薄まった。シカゴ大学などの調査も無駄に終わった。手がかりとなる物証はおろか、どうしたらそんなことができるのか、見当もつかなかった。
 六日後、新しい大見出しが新聞紙面に踊った。「再び金庫消失! 手がかりはまったくなし! 六フィートあるサイモンソン金融会社の鋼鉄製の金庫が深夜のうちに忽然と消え、翌朝、同じ場所にスクラップ寸前の鉄製の油樽が見つかった。金庫は大きいうえに重く、大型トラックか特殊な吊り上げ装置、オペレーターも数人、それにかなり時間をかけないと持ち出すことはは不可能だ。会社には一晩中明かりが灯り、夜警二人が定期的に巡回していた。彼らは怪しいものを見たり聞いたりしておらず、前夜、金庫があった場所に油樽を見つけた時はびっくりしたという」。各紙の記事はどれもこんなものだった。
 新聞読者は、街とその周辺に陰謀が企てられているのだと思った。こういう事件は刺激的でかなり興味をそそられる。もっとも、読者の日常とはかけ離れたもので、新聞を読むか、会話する時を除いて、読者の生活に何の影響も及ぼさなかった。本気で心配していたのは警察だけだった。しかし次の週、さらに二つの金庫が消えた時、保険会社がこの問題に興味を持ちはじめ、また、貴重品など蓄えのある者たちも慌てだした。
 四番目の消失事件はとりわけ衝撃が大きかった。なくなったのは宝石の入った金庫。被害者は巨大なデパートのフロア四分の一を占める人気店、廉価品を大量に扱っているカンツォーニズ社。売上金は大型店の大金庫に移される夕方まで、銀器製品コーナーの金庫の中に入れられていた。とりわけ忙しい土曜の午後、カンツォーニズ社のマネージャー、シプリー氏はカウンターに寄りかかって、店じまいのため商品を片付けている店員たちを見ていた。時計の針はそろそろ五時半。そろそろ金を移す時間だと、彼は金庫にちらっと目をやった。それから入口を見た。ドアボーイたちが閉店のスタンバイをしていた。もう一度金庫を見た。すると、そこに金庫はなかった!
 シプリー氏は落ち着こうと深呼吸をした。金庫消失、という言葉が彼の心によぎったが、彼は信じたくなかった。そんなことありえない! だが、ショーウインドーの後ろ、カンバ材のパネルで仕切られたコーナーは空っぽで、あるはずの金庫はなくなっていた。彼は呆然としながら、コーナーの方に進んだ。本当に金庫がなくなっているのか、手で触って確かめようとしたのだ。ところが、彼が金庫のあった場所にたどり着く前に、そこに、暗い色の木樽がぱっと現れた。一瞬だが、強い酢の匂いがした。
 次に、シプリー氏のまわりでものが回転しはじた。彼はカウンターにつかまって、自分の周囲を見た。店員はカウンターに覆いをかけるのに忙しく、この異変に気づいた者は彼以外誰もいなかった。彼は歯ぎしりするしかなかった。異変がおさまるのを待って、彼は店員を呼び、金庫があった場所を指し示した。
 一ヶ月の間に十三の金庫と三百万ドル相当の現金と貴重品が消失した。警察はなすすべもなく、経済界はパニックに陥った。科学者たちに謎の解明を期待したが、無駄だった。理屈ではいろいろ説明できても、現代科学はそれを実現できるに至っていない、というのが科学者たちのコンセンサスだった。保険会社は大金を費やして調査したが、何の結果も得られず、しかたなく掛け金を、高すぎて契約ができないくらい額まで引き上げた。

(つづく)



画像はrambotentによるPixabayからの画像


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