ランドセルを置き安酒をシンクに流す(B)
電線越しの夕焼けと煮物の匂い
サイドボードの前には白い冷蔵庫。
北西向き、ほぼ日陰のアパートにピュアな感じで白く佇んでいた。
まともに開くスペースがなかった小さな冷蔵庫の扉の中の記憶はほとんどないが、冷蔵庫上に設置されていたえんじ色の電子レンジにはよく助けられた。
空腹を満たす時に電子レンジでジャガバタを作るのが大好きだった。
友達が来た時は、みんなに振る舞った。
いつまでもオレの家にいてくれという願いを込めて美味しくできるように熱の通りに細心の注意をはらってもてなした。
母親の財布から盗んだ金でファミコンのカセットを大量に持っていたので、ゲームとジャガバタで友達の帰宅時間を遅らせるのが常套手段だった。
ファミコンのゲーム大会を開催して、肌色のキン消しや使わない文房具、ちょっとみんなが喜びそうな商品を並べて大会を盛り上げるような主催者にもなった。任天堂さんとバンダイさんにはお世話になった。
楽しい時間を作ってくれる友達にいつまでも一緒にいてもらいたいという下心が常にあった。
やっぱり少し切ない思い出だ。
夕焼け小焼けの放送が聞こえ、近所のいたるところから夕食の煮物の甘い匂いが漂い出すと切ない気持ちになったのを覚えている。
視覚と嗅覚をしっかりハックした電線越しの夕焼けと煮物の匂いは、忘れられない強烈な記憶だ。
オレは匂いフェチ
引っ越す時、冷蔵庫の下の床に穴が空いていて金を取られたと怒っていた父親。
お金が飛んで凹んでいた。
冷気が液化してしずくが垂れて、床を腐らせていたんだと思う。
オレはずっと気がついていたが、そんな穴よりもっと大きく深い暗黒の穴にスッポリ飲まれていて、それどころではなかったし、それよりなにより、冷蔵庫の上の大親友と言ってもいい電子レンジが引っ越しと同時に廃棄されたのが一番凹んだ。
冷蔵庫にアルコールが入っていた事は正月ぐらいしか記憶がない。あとは、トレジャーハンターのオレに見つからないように狭い部屋の隙間にひっそり隠れているだけだ。
冷蔵庫は、ナショナル製だったかな。レンジもそうかもしれない。
オレはナショナル坊やだ。
歌舞伎町に歩いて5−10分ぐらいの立地にあった小学校から帰宅すると、
まず部屋全体の臭気を嗅ぐ。
これが1番手っ取り早い。
犯行が行われたかどうか、すぐにわかる。
隠されているお酒の在り処は、ある程度察しが付くし、悪さをするには隠すところが少なすぎる我が家は、ブツがあればすぐに臭いで見つけることができた。
嗅覚は人一倍鋭い。この頃の経験も関係しているかもしれないと今思った。
そしてオレは匂いフェチだ。
学校から帰ってきてからの日課は、ランドセルを置いて、母親のマイボトルを素早く発見し、薄汚れたシンクに安っすいアルコールを流すことだった。
生命維持の魔法の薬を都会の下水道に惜しみなく流された母親は、
激怒することもあれば、、、
安酒のかくれんぼを忘れていることもあるし、、、
オレの行為を大人しく、女々しく、受け入れる事も多かった。
ファーストミッションを終え、少しだけ安心したオレは、運を天に任せ、小銭を握りしめ近所の駄菓子屋に向かう事が多かった。
3時のおやつに上等なケーキが出るわけでもなく、常備してあるチョコがあったわけでは当然ないので、いつも駄菓子屋のうまい棒が相棒だった。
ちなみに好きだった味はソース味とチーズ味。
今売っているやつより太かった気がする。
気のせいかもしれないが。
大事なことを書き忘れていたが、母親は死ぬほど酒を飲み尽くすアル中だった。
<TOP写真>2013年11月・千葉県匝瑳市吉崎浜