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SARS-Cov-2はどのように進化しているのか: 新型コロナウイルスの進化

Covid-19を引き起こすSARS-Cov-2の進化に関する記事( Callaway, 2022, Nature 606:452-455)を参考に、コロナウイルスはどう進化しているか、について解説しました。

コロナ感染症(Covid-19)の流行とコロナウイルスの進化

 感染症の単純な数理モデルによると、感染した宿主の数が減少していくのは、すでに感染し、免疫を獲得した個体が集団に占める割合が高くなったとき(すなわち集団免疫が獲得されたとき)であると予測される。
 しかし、これまで過去二年以上のコロナ感染症(Covid-19)の状況をみてみると、充分に集団免疫が獲得される前から感染状況は減少していく傾向が見られている。このような減少がなぜ生じているのかについては、明確な答えは出されていなかったように思う。コロナ感染症の動態には、コロナウイルス(SARS-Cov-2)の進化が大きく関わっているからではないだろうか。
  6月16日発刊のNatureの記事"Chronic covid:the evolving story"(1)は、「コロナウイルス(SARS-Cov-2)がどのように進化するのか」ついての重要な見解を紹介している。そこで、本稿では、この記事の内容を紹介することで、SARS-Cov-2の進化について考えて見たい。

コロナウイルス感染者の体内で起こるSARS-Cov-2の進化

 オーストラリアの60歳代の女性は、2020年末にSARS-CoV-2に感染し、その後7ヶ月以上感染が続いた。この女性は、リンパ腫の再発を治療するために免疫抑制剤を服用していたため、ウイルスを長期間除去できなかったようだ。この女性に感染したウイルスを時間とともに追跡していくと、70日目から変異ウイルスが検出され、7ヶ月目までに22個の変異ウィルスが検出された(2)。感染から3ヶ月後からオミクロン株と同じ変異をもつウィルスが出現し、最終的に検出された変異の半分はオミクロン株と同じ変異であったという。この女性が感染した当時は、まだオミクロン株は流行しておらず、検出されたウイルスも外から感染したものではない。つまり、一人の宿主に長期間、感染が持続していると、体内でオミクロン株と同じ変異が進化した、ということである。
 細胞内でウィルスが増殖するときに、突然変異が生じ、新しい変異体が生まれる。そして、細胞から別の細胞に広がるとき、新しい突然変異をもったウィルスが伝えられる。しかし、多くの突然変異は、ウィルスにとって中立であったり、有害(感染性や増殖性を低下させる)であったりする。そのため、中立な変異や有害な変異体が、新たな細胞に伝えられることがほとんどである。ウィルスに有利な変異は、希にしか生じない。しかし、いったん生じると他の有害な変異をもったウィルスよりも早く体内で増殖するかもしれない(自然選択による進化)。
 通常のSARS-CoV-2の感染では、1から2週間以内に宿主体内の免疫系によって除去される。そのため、「有利な変異を持つウイルスが生じ、それを持たない他のウイルスに勝って、優勢になる時間がほとんどない」という(つまり自然選択が働く余裕がない)。
 また、Martin & Koelle(3)よると、新しい感染症を引き起こすのに必要なウイルス粒子は、ほんの数個、もしかしたらたった1個かもしれないという。つまり、次の新しい宿主に感染するとき、以前のホストで増えたウイルスのうち、ほんの少しのウイルスだけが次のホストに伝えられることになる。これは、ボトルネック(便首効果)と呼ばれ、ランダムに遺伝子が選ばれる進化的プロセス(遺伝的浮動)と同じになる。ウイルスに有利な変異が生じたとしても、それが次の感染者に伝わるのは、運次第ということになる。このプロセスは有利な変異ウイルスを広めづらくしていると考えられる。この「感染ボトルネック」も自然選択による進化を妨げているのである。
 しかし、冒頭の例のように、一人の宿主のなかで長期間感染が持続すると、その体内で自然選択が働き、ウイルスの増殖により有利な変異が進化してくることになる。

SARS-Cov-2の進化様式から示唆されること

 このような進化のプロセスが正しいとすると、どのようなことが示唆されるのだろうか?短期しかウイルスを保持していない感染者間の伝播によって、SARS-CoV-2が流行しているときには、ウイルスにとって有利な変異は、かなり希にしか出現しない。実際に、1100万以上のSARS-CoV-2のサンプルのゲノムを解読した研究では、人から人へ移動する際に、感染性を保持する新しい変異の獲得が生じるのは一ヶ月にわずか数個であるという。そのような新しい変異の中には、以前の変異よりもホストの体内での増殖率の低い、ウイルスにとって有害な変異をもった変異体である可能性もある。これは、集団免疫を獲得する前に、ウイルス感染の流行が減少するひとつの要因かもしれない。
 流行を拡大するようなウイルス変異(VOC)は、長期慢性感染をしている人の中で進化し、それが他の人へ感染したときに、新たな流行が生じると考えられる。また、冒頭の例のように、長期感染している体内で、オミクロン株と同じ変異をもったウイルスが多く検出されたということは、そのようなウイルスは体内での増殖に有利に働いた(たとえば免疫回避)ということだろう。実際に、慢性感染症で最もよく見られる変異は、スパイクタンパク質のE484と呼ばれる部位にある変異で、この部位に変異があると、感染を阻止する抗体がウイルスに付着するのを妨げる可能性があるそうだ。
 慢性感染者の体内で起こる変異が、SARS-CoV-2のVOCの進化の主流だとすると、感染者体内で、免疫を回避し、長期間増殖する変異が有利に進化するかもしれない。そのとき、感染者を早期に殺してしまうような、強毒性のウィルスは進化する時間を短くしてしまうので、進化しづらいかもしれない。それによって、弱毒性のウイルスの進化が主流になる可能性が考えられる。しかし、コロナウイルス感染症の重症化要因が免疫反応の暴走化だすると、免疫反応の弱い人で弱毒化するように進化した変異ウイルスが、正常な免疫系を持つ人では、重症化を促進する可能性もある。また、通常の感染でもごくまれに生じて引き継がれる変異に病原性の高い変異体が含まれる可能性はあり、進化によってホストへの害が弱まる方向に必ず進化するとは限らない。
  宿主から宿主への感染を増大させるような感染性の進化に関してはどうだろうか。慢性感染者の体内で有利に進化したウイルスが、他の宿主への感染性を増大させるかどうかだ。考えられることとして、慢性感染者の体内で、細胞から他の細胞へ感染する能力の高いウイルス変異体が進化する可能性があり、それは、他の宿主への感染性を高めることにも貢献するかもしれない。実際に、オミクロン株ではN501Yと呼ばれる変異を獲得しており、これにより、ウイルスが宿主細胞の受容体に結合する能力が向上し、感染力が高まる可能性を示唆している(4)。また、オミクロン株は、上気道の細胞に感染する傾向があることで、軽症になる可能性がある。その結果として、上気道でのウイルスの増殖は、宿主の外へウィルスを排出する効果を向上させることになり、感染性を高めることになったのかもしれない。

進化プロセスの理解をどう対策に活かせるか

 感染を拡大させるような新たなウイルスの変異体が長期感染者から出現するとすると、長期感染者に対する隔離や対応は,特に重要になってくると思われる。しかし、長期感染者を隔離しても、懸念される新しい亜種はおそらく抑制できる可能性は低いことが指摘されている。新しい変異体が生じるのは、長期感染者の中でもわずかであり、すべてを管理することはできないからだ。また、健康な免疫系を持つ人でも何週間も感染が続く場合があることが知られ、感染維持期間が長引くほど新たな変異体が生じる可能性が高くなる。結局、この記事(1)でも指摘されているように、世界中の感染率全体を下げずに予防することは困難かもしれない。
 慢性感染者に対する抗ウィルス薬の使用への注意も喚起されている。慢性の長期感染者に、抗ウィルス薬を用いることは、ウイルスに強い選択圧をかけ、体内で耐性ウィルスが進化する可能を高めるからである。
  生物の適応的な進化は、集団中に生じている変異の量と種類によって制限される。冒頭のオーストラリアの長期感染した女性からオミクロン株と同じ変異が出現したように、長期感染者内で、ウイルスが進化していくと、同じ変異をもった変異体が進化しやすくなるということも考えられる(平行進化) 。もし、長期感染者内で有利に進化する変異の種類が予想可能であれば、今後、出現する可能性のある流行ウイルス変異体(VOC)の種類と出現頻度を推定し、それにあわせたワクチンの開発など、感染症対策に活かせることができるかもしれない。
 今後、より詳細なSARS-Cov-2の進化メカニズムの解明が望まれる。
 

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文献

  1. Callaway, R. (2022) Chronic covid:the evolving story. Nature, 606: 452-455.

  2. Sonnleitner, S. T. et al. (2022) Cumulative SARS-CoV-2 mutations and corresponding changes in immunity in an immunocompromised patient indicate viral evolution within the host. Nature Communication 13, 2560

  3. Martin, M. A. & Koelle, K. (2021).Comment on “Genomic epidemiology of superspreading events in Austria reveals mutational dynamics and transmission properties of SARS-CoV-2”. Science Translation Medicine 13, eabh1803.

  4. Tian, F. et al.(2021) N501Y mutation of spike protein in SARS-CoV-2 strengthens its binding to receptor ACE2. eLife 10, e69091


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