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ERPのビジネス上のメリットを実現するために

この記事では、ERP (Enterprise Resource Planning)システム導入の経営上のメリットは何かということについて、ERP導入を検討されている方、あるいは既に導入してしまった企業の方で導入効果が見えないと考えられている方に、ERPシステムが現実にもたらすビジネス上のメリットについて解説し、それらを実現していただくことを目的としたものです。
ERP導入のメリットは、システム的なメリットが強調される反面、ビジネス的なメリットは極めて抽象的にのみ解説されるのが一般で、実際ERPを導入した企業のお話しを伺っても、ERPを導入することそのものに労力を使ってしまっていて、そのビジネス的なメリットが十分に引き出されていないのが実態であると思います。ERPのメリットを引き出すことは、導入に比べればそれほど多額の費用がかかるわけではありませんので、宝の持ち腐れにならないよう、是非本稿をお読みいただき、ERPを十分に活用していただきたいと思います。


ERPのメリットとして挙げられているもの


多くのERPに関する書籍やネット記事などにおいて、ERPのメリットとして挙げられているのは、以下のようなものです。

  1. 統合データベースにより企業のデータの一元管理(データ管理の容易さ
    、二重入力の排除)

  2.  実績あるパッケージを使用することによる各種のシステム開発・運用上のメリット(開発コストの軽減と開発リスク軽減、今後の運用・保守要員確保の容易さ)

  3. パッケージが持つベストプラクティスの導入

  4. リアルタイムにデータを参照・加工できることによる経営判断のスピードアップ

  5. セキュリティや内部統制の徹底(データの漏れ・ダブりの排除、承認権限の確実な管理)

この中で1と2については、主にシステム的なメリットと言えるのではないでしょうか。
第1の点、即ちデータが一元管理されるというのは、様々な経営分析を行う上で有利であるのは確かです。しかし、それだけでは「ビジネスインパクト」としては弱いと思います。確かに二重入力を行う必要がないことによるオペレーターの業務時間の節約や入力ミスの排除はビジネス的なメリットと言えるものの、RPAなどのツールが存在する現在においては巨額なERPの導入投資を行うことを正当化する効果としては貧弱であると言えるでしょう。データが一元管理されることによるメリットは、事業部横断的にコードなどが統制されて初めて発揮されるものですが、この統制がなされないため、実際にはシステム的には全社統一のシステムが導入されても、結局は各事業部ごとにシステムが導入されているのに等しい効果しか生めないという、つまりデータが一元管理されている意味があまりないようなERP導入が多くみられるように思います。
2番目の点、即ちパッケージを用いることによるコストやリスクの低減は、システム構築におけるメリットとしては納得できるものです。既に開発済みのソフトウエアを用いればシステム開発自体が必要がないので、ソフトウエアライセンスを購入したとしても開発のコストや、なにより開発に伴うリスクを軽減できるというのは、そのとおりでしょう。しかし、日本でのERPの導入実態を見ると、必ずしもそうなっていないのではないかと思います。なぜなら、多くの日本企業ではビジネスプロセスを変更することへの抵抗が大きく、パッケージに合わせたビジネスプロセスの変更、つまりBPR (Business Process Reengineering)が行われずに、従来のプロセスに合わせた追加開発(Add-on開発)が行われ、結局ERP導入プロジェクトでは大きな開発量をマネージしなければならないことになってしまっていることがほとんどだからです。このようなことになってしまう原因はいくつかあるのですが、①ERPの導入ベンダーのBPR能力が乏しい、②Add-on開発をした方が人工で商売している導入ベンダーは儲かる、③予めプロセス変更の必要性やメリットが事業部門と共有されていないので情報システム部門の担当者が事業部を説得しきれず、また事業部のマネジメントにエスカレーションしても結局彼らの部下である事業部の担当者に押し切られてしまう、などが挙げられると思います。BPRができないのであれば、4番目のメリット、即ちベストプラクティス導入もまた、思うようには進まないと言えるでしょう。これは実現できれば大きなビジネスインパクトを持つはずなのですが、実際にERPに合わせてベストプラクティスを導入し、それがメリットが上がっているという企業を私は見たことがありません。

だとすると、ビジネス的なメリットとしては4番目、つまり意思決定のスピードアップということになります。後述のように、私はこれは大きなビジネスメリットだと考えているのですが、これを現実に活かせている日本企業は少ないのではないでしょうか。多くの書籍における解説やネットでの記事を見ても、この点については非常に抽象的に触れられているだけです。確かに経営情報を迅速に得られることは書かれているのですが、それを活かしてビジネス上のメリットを得る具体的方法の記述が皆無なのです。「みなさん経営のプロなのですから、それぐらいわかりますよね。私は情報システムのプロなのですから、情報を取り出せるようにして差し上げるので、メリットを活かすのはあなたの問題ですよ」ということなのだと思います。しかし、「迅速に経営判断ができる」というだけでERPのメリットを感じられる人はなかなかいないのではないでしょうか。
恐らく、いままでERPを導入した日本企業にとってのERP導入の最大のメリットとなっているのは、2番と4番、つまりレガシーのテクノロジーから抜け出し、要員確保の可能性を上げることによって運用や保守に関する心配を無くすことであり、セキュリティや監査上の心配を無くすことなのです。実際、これらのメリットはシステムを管理していく担当者にとっては大きいと考えます。レガシーのテクノロジーに依存していると、いつかは技術者がいなくなり、情報システムが維持できなくなってしまうのであり、主流のERPに乗ってば、技術者が確保可能なだけでなく、定期的に適切なバージョンアップが行われるのであり、それに乗っていくことができるからです。ただ、これはあくまでシステムを維持する上でのメリットです。せっかく多大な費用をかけてERPを導入しているのに、それを経営のために活かさないというのは、ものすごく勿体ないことだと思います。
 

本当のERPのメリット - 洗練したマネジメントを実現すること


本来、ERPというのは、マネジメントのため使われるもので、それが本来第1の導入目的であるべきなのに、日本では、それがほとんど実現できていないというのが、私の印象です。これは、宝の持ち腐れにほかならず、多額の費用をかけてERPを導入したのに勿体ないことだと言えると思います。
Enterprise Resource Planningというのは、企業資源計画という意味です。これは実にいろいろなことを含んでいる語だと私は思うのですが、1つ先ず言えることは、これはマネジメント、つまりPDCAに関することであり、業務プロセスに関することではないということです。しかし、日本では何故か「統合業務ソフト」というような、どこから出てきたかわからない語が当てられてきました。そのためERPをマネジメント、つまり経営に活かすという視点が欠落してしまっているように思います。Enterpriseと言っているのは、マネジメントの範囲が事業部や市場を超えて、機能を超えて行われるということを意味しています。
ERPによる資源計画、つまり資源投入判断の代表的なものは、成長や利益を作り出せる市場を特定して資源を傾斜的に投入していく、というものです。ERPを使って適切に市場を区切って観察すると、他の市場と比較して成長や利益を上げている市場を発見することができ、そこへ柔軟に資源を投入していくことが考えられ、その判断を迅速に行うことがERPを使う大きなメリットだと考えられます。ERPでは通常、トランザクションが粗利の情報を持つようにできていますから、市場を自由に区切って売上と粗利を集計することができます。成長市場や利益の高い市場を見極め、そこへ資源を振り向けることにより、資源効率を改善できるのです。資本主義は、投入資源に対して利益を最大化するゲームです。このゲームを戦うための情報をERPは提供できるのです。
更に高度な使い方としては、例えば市場別(例えば顧客別、地域別)の売上や利益を外部情報と組み合わせ、ポテンシャルがあるのに売れていない市場を発見し、そこに資源を投下して効率よく売上や利益を上げることが考えられます。
ERPを用いて、会社の活動を機能を超えてシンクロさせることにうに経営することによって、投下資源量を最小化するようすることが可能です。ERPは、MRP (Manufacturing Replenish Planning)から発展した転用した言葉です。MRPは、製造で使う原材料の所要量を分解的に計算して、製造タイミングに合わせて必要な量の現在料を仕入れることにより、必要資材に投じる資本量を最小化するものです。これを更に販売にまで拡張し、計画販売量から製造スケジュールを適切に計画してこれをMRPにつなげたり、更には設備保全においても保全計画を要員計画をもとに計画し、それに対して必要資材の量とタイミングを計算して仕入れにつなげることにより、滞留する資源を最小化することにつながります。
ERPによって管理スパンを拡大することにより、投入資源量を最小化することも可能です。これは、複数の向上のスケジューリングを集中管理することにより、企業全体の生産キャパシティを圧縮する、つまり生産設備に投じられる資源量を節約したり、キャッシュマネジメントにおいては、複数の地域で必要なキャッシュを相殺的に管理して必要な手元流動性を極小化することが可能です。これは、欧州域内や中国国内、米国内など複数の事業所や市場の間で同じ通貨を使っている場合にメリットが大きいでしょう。人的資源についても再配置可能であれば、これを極小化するマネジメントが可能です。設備保全などでは、複数のプラントの管理を統合すれば、必要な部品在庫などを極小化することができ、そのために必要な資本を節約することができます。
これらは概要であり、例でもありますので、企業ごとにどのようなマネジメントが可能であり、適切なのかを判断し、ERPをその道具として使いこなしていく必要があります。

なぜERPのビジネス的なメリットが実現されないのか?


このように、ERPは本来、投資を最小化し、利益を最大化すること(つまり資本主義のゲームで得点を最大化すること)に使うべきであり、そのように作られた道具なのです。ではなぜ日本では業務プロセス処理の道具と化しており(これを象徴するのが、ERPを「統合業務ソフト」などと称していることです)、しかも業務プロセスのベストプラクティスすら実現できていないのでしょうか。
その理由はいくつかありますが、まずは単純に、ERPの導入時にこのようなPDCAを行うことを計画しておらず、そのための要件をERPの導入計画に織り込んでいないからです。PDCAをうまく働かせるためにはシステム要件、業務プロセス由来の要件だけではなく、全社でのコード統制など、市場や事業部、機能を超えたマネジメントを可能にするような要件が必要ですが、事業部ごとや機能ごとにERPの導入を進め、使い方を現場に任せるとともに、これらを横断したマネジメントプロセスを導入しないために企業レベルでのPDCAがそもそも働かないのです。
その前提として、これらのマネジメントを導入する意味を経営陣が適切に理解して、腹落ちし、それが各事業部や現場にも落とされていないために、単なるシステム更改ぐらいにしかERPの導入を現場が捉えていないことも挙げられます。つまり、チェンジマネジメント不足ということですが、その前提として新たなマネジメント方法のビジョンが存在せず、そのための共通理解の基礎がそもそもないのです。
ではなぜそれがないかと言うと、ERPの導入ベンダーがIT的にのみクライアントにアプローチし、経営の知識に乏しいからであり、導入企業側もそれで良しとしてしまっているからではないかと、私は思っています。経営プロセスが廻っているのを見たことがない人が、それを発想することは難しいことです。ERPを使った経営(マネジメント)を実際に体験した人が、ERP導入の最初期に検討に加わる必要があるのです。ERPの中でもBIについては、ビジネスプロセスと関係なく、その役割はマネジメント支援しかないので、この検討がないと、導入そのものが無駄になってしまいますし、無駄になっている企業をよく見かけます。
 

ERPの本当のメリットを引き出すために行っていただきたいこと


では、どうしたらいいのか?
これからERPを導入されることを検討している企業の方は、ERPを使って新たなマネジメントを導入するビジョンを描かれることをお勧めします。ERP導入ベンダーにも、それができるコンサルタントは極めて少数なので、そのタレントをシステム構想の企画に参加させるように明示的に要求してください。企業側も、情報システムに加えて、経営企画などの方がこの検討に参加されるべきだと思います。
既にERPを導入してしまっている企業の方は、そのERPを経営に活かしていくことを今からでもいいので考えるべきです。どのようなマネジメントを行うことが可能なのかを一度全て机上に上げてみた上で、導入の容易さやインパクトから優先順位をつけ、場合によってはコード統制やシステム改造を加えながら、順次マネジメントを導入していくべきだと思います。システムに多少の改造を加えたところで、ERPそのものの導入コストに比べれば大したコストではなく、それで宝の持ち腐れを免れるのであれば、安いものだと言えると思います。

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