【サービス経営】クライアントフェイシングに関する考察 営業は必要?なぜ一見さんお断りなの?
『サービスの経営学 』を東洋経済新報社から上梓してから、ずいぶんと時間が経ちました。この書籍は、ともすると製造業が考察の標準となっている経営学において、サービス業独特のものの考え方を整理した珍しい書籍であり、サービス業の方々のみならず、学者の方々にも論文中などで引用していただいています。私としては、この書籍出版後も考え方の整理を続けていますし、コンサルティングなどの中でシステム・インテグレーションやEPC、更には各種のコンサルティングと言った事業に数多く接してサービス事業の実態を更に多く知ることとなり、前述の書籍ではカバーしていなかった重要な事柄について、いくつの気づきがあります。今回は、その中でもクライアントフェイシングについて書きたいと思います。
プロフェッショナルサービスのクライアントフェイシング
サービス業がどのようにクライアントにフェイシングしているかについては、外資のコンサルティング会社を観ると気付きが大きいと思います。パートナーとかMD (Managing Director)と言われる人たちがクライアントとの関係を担っていて、営業職が基本的にいないのです。
このように上位者がクライアントフェイシングの前面に立っていくスタイルは、営業職が存在する日本のサービス企業のクライアントフェイシングとは大きく異なるように見えます。しかし、女将がお座敷に出向いたり、お座敷に入る芸者達のプロマネ的存在である「お姉さん」が最上位の顧客の横に座ったり、スナックのママが基本的に顧客の前面に立ったりということと、実は何ら変わるものではありません。これらの業態では、「芸者はお座敷が営業」と言われるように、営業職を置かないのが普通です。
なぜサービス組織の上位者がクライアントと直接フェイシングしなければいけないのか?
プロフェッショナルサービスにおいて、サービス組織の上位者が顧客フェイシングの前面に立たなければならない理由は、以下のようなものです。
まず、プロフェッショナルサービスでは、サービスが顧客ごと、案件ごとにカスタマイズされます。ですので、サービス全体をデザインしている人が顧客の課題を正確に理解している必要があります。そのため、サービス組織の上位者であるサービス全体を差配している人が顧客に接していると、顧客としては安心できるのです。
反対に、プロフェッショナルサービスにおいて営業が顧客に接していると、サービスについての知識はあっても、実際にサービスをデザインできるわけではなく、また数字のプレッシャーもあるので実際にはできないこともできると言う、つまりオーバーコミットメントをしかねず、サービスそのものとニーズとのずれが生じることを、顧客は心配することになります。
サービス組織の上位者が顧客と接しなければならない第2の理由は、サービス組織の上位者は、サービス組織の中でも知識と経験を豊富に持っている人だからです。プロフェッショナルサービスでは、顧客は自社の抱える悩みやニーズが容易に解決できないからこそサービスを受けることを検討しているのであり、まず相談することからサービス企業に相談します。そして、サービス組織の上位者は、その知識と経験のゆえに、顧客の相談を受けるのに最適な人なのです。顧客の側は、「この人がデザインして、指揮するサービスを受ければ、悩みやニーズは解決する」という確信をもって発注に及びます。そのため相談に乗るのに最適な人が顧客の前面にいる必要があるのです。
更にに、顧客は他の顧客との間で要員についての競合関係にあることを知っています。そのため、他の顧客を含めて、自社に最適な要員を配置できる人と接し、そのことを確認することを望んでいるのです。上位者が顧客にフェイシングすることにより、顧客は安心できるのです。
最後に、サービス提供者側としても、営業を通していたのでは顧客のニーズや嗜好を把握しきれず、設計してデリバリーするサービスが本当に顧客の望むものなのかを、正確に把握できません。やはり、サービスを熟知した者がクライアントとフェイシングする必要があるのです。
システムインテグレーションや、教育サービスなどのプロフェッショナルサービスでは、このようにサービス組織の上位者が顧客にフェイシングすべきなのですが、日本企業ではこれを営業マンに任せる傾向があります。そればかりか、サービスのことをよくわかっていない人が上位者としてサービス組織を率いていることすら見受けられ、このような企業はメーカーがサービス化したような企業が多いのですが、このような企業を見るにつけサービス業のことをよくわかっていないのだなと思ってしまいます。
クライアント担当者の固定
前面に立つサービス組織の上位者を含めて、サービス業では顧客にフェイシングするスタッフを固定化する傾向があります。それは、サービスのデザインに顧客知識が不可欠であり、顧客も自身の知識を前提としてサービスが設計されることを望んでいるからです。
スタッフと顧客との関係が固定されることによって、顧客もスタッフのことを理解し、何ができ何ができないか、どのような思考の癖を持っているかなどについて把握してきます。プロフェッショナルサービスでは、顧客は本当に何が手に入るのかを詳細に把握できないまま契約せざるを得ないので、顧客の側もサービス提供に関することをなるべく知りたいと思うもので、誰がデリバリーするのかはその中でも大きなものです。担当者の固定は、この要望に応えるものです。
キャバクラやホストクラブがどのように運営されているかはTikTokなどで紹介されることによって、これを利用しない人にも明らかになってきました。ホストクラブやキャバクラ、クラブ、ラウンジなどでは通常、顧客の「担当」を固定しています。これもこのような点から理解できます。
クライアントマネジメント
顧客がサービス提供者を知りたがるだけでなく、サービス提供者側も顧客を知る必要があります。医療や理容、ホテルなどの個人サービスでは、カルテなどの個人情報の記録をサービス関係者で共有すればよいのですが、BtoBのサービスでは自社側の関係者も大人数になるため、Salesforce.comなどの販売系の仕掛けに情報を貯めて共有するということが行われています。
様々な関係者が情報を持ち寄り、クライアントの課題を共有し、人的関係づくりについてPDCAを回していくことが行われなければなりません。上述のような理由からクライアントについて全責任を持つ者マネージャーを決め、その人がこのPDCA、つまりクライアントマネメントを行っていきます。
クライアントと課題共有のセッションを定期的に持つことは、更に望ましいと言えます。クライアントマネジメントを行う先進企業は、自社とクライアント企業の役員とが出席するようなミーティングを定期的に開催しています。そして、クライアントへの将来のサービス内容を合意して、そこに計画的に最適な要員を配置していくのです。
「一見さんお断り」
京都や金沢には「お茶屋」と呼ばれるサービス業が存在しています。お茶屋のしきたりには様々なものがあるのですが、その1つは出入りするお茶屋を(少なくとも同じ花街では)固定する(1軒にする)ということです。これは、そのお茶屋に購買履歴のすべてを把握させて、なるべく顧客の深いニーズや嗜好に関する知識を得させるためです。お茶屋は、料理や仕出し屋に、芸者は置屋にと「お茶」以外のすべての提供価値を外部にアウトソースしていますから、クライアントの嗜好を理解して宴席を演出できなければ存在価値がないのです。
これの裏返しにあるルールが「一見さんお断り」というものです。嗜好を把握できていないクライアントに奉仕することは、そもそもお茶屋としての価値を出せないと言うことです。それだけではなく、サービスは顧客とともに作り上げていくものですので、サービスを受けるに値する品位を持っている顧客なのかを見極めたいということも、勿論あるでしょう。クライアントがどのような人なのかを見極めずにサービスを開始するということには、価値を出せなかったり、そのためにクレームを受けたりするリスクを伴うためにこのようなルールを設けているのです。「一見さんお断り」を高飛車な態度であると一般に解釈されているのは残念であり、これにはれっきとした理由があるのです。
このように、サービス業では顧客とのコンタクト開始初期の関係づくりが極めて重要で、この関係が安定的な状態に至るまで、細心の注意を払いますし、払うべきです。
めくるめくサービス業の世界
サービス業は、製造業や小売業とはまるきり違うビジネスです。その常識から価値創造原理、接客方法まるで違っているのです。しかし、それにはれっきとした理由があり、サービス独特の論理が厳然としてあるのです。メーカーが、その販売する機器によるシステム構築や保守などのサービスに進出する例は多くありますが、そこでの経営原理はメーカーのそれと大きく異なっていることに注意が必要です。サービスというエキゾチックなビジネスを楽しみましょう。
サービス業については、冒頭の書籍にまとめたのですが、増補が必要な内容も多いので、この記事のようなブログで補っていき、ゆくゆくは電子書籍などにまとめたいと思っています。
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