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もう一度描きたいもの
夏に祖母が亡くなった。95歳だった。
小さな頃から通い詰めていた祖父母の家は住む人がいなくなり、伯父がふたりの遺品を片付けた。
火葬場で、伯父に「何か欲しいものある?」と聞かれたので
「おじいちゃんの水彩絵の具のパレット、まだある? あるなら欲しいな。」
と伝えておいた。
「いつから絵を描いているんですか?」
これは、以前イラストレーターとして取材を受けたときにライターさんに聞かれた言葉。いつからかなあ…とその場で改めて考えてみた。
すると、7歳ぐらいのときに、祖父といっしょに庭の桔梗(ききょう)の花をスケッチをしたのを思い出した。
祖父母の家は山口県の田舎の、山のふもとにある。夜にはフクロウが留まりにくる大きな木が伸びていて、何種類もの花や植物が年中生い茂る広い庭がある。
7歳のわたしは、庭に咲いていた桔梗の花をひとつ選んで摘み、祖父とテーブルに座ってじっくり描いた。
花びらの数を数えて、
鉛筆で輪郭を描いて、
青い水彩絵の具で塗って、
さいごに花びらに通るうっすらとした筋を
絵の具より少し濃いめの、青い色鉛筆で一本一本引いた。
母が仕事を終えて迎えに来るまでの夕方の時間だった。
すごく上手く描けたのが嬉しくて、次の日に学校の先生に見せたのを覚えている。
職業としてイラストレーターをしている理由は色々あるけれど、
絵を描いている理由のひとつは、そんな時間を与えてくれた祖父にあると思う。鉛筆をナイフで削るのを教えてくれたのも祖父だった。
「何か欲しいものある?」
伯父に聞かれたときに、その時の水彩パレットを持っていたいと思った。入っている引き出しも覚えている。
そんな話を伯父にしたら
「お父さん 絵なんて描いてたかなあ?」と不思議そうに、あっけなく言われた。
わたしはてっきり、絵は祖父の長年の趣味で、それなりに詳しいんだと思い込んでいたけど、私が子どもだった頃に「たまたま数年間だけ、あるいは一時だけしていた趣味のひとつ」だったのかもしれない、という疑惑が湧いてきて「そうなのー?」と、火葬場でお弁当を食べながら少し笑った。30年経って知らない景色に出会った気分。
次の日、
「やっぱり水彩パレットはもう無かったよ。絵の具と筆も。おばあちゃんが元気なときに全部捨てちゃったみたい。」と伯父に言われた。
持ち主がいなくなった道具は、いつの間にか消えてしまう。
欲しいと思ったときに、欲しい、と言っておけばよかったな、と思う。
ところで祖父母の家は貰い手が見つかった。家はわたしと同世代くらいの人が買い取ってくれたらしく、リノベーションをしてコワーキングスペースにしてくれるかもしれないらしい。
水彩パレットの入った引き出しはもう無くなったけど、また遊びに行ける日が来るといいな、と思う。
できればあの庭がまだ残っていて、もう一度、花の絵を描けると嬉しい。
祖母の百箇日がおわり、はじめてエッセイを書きました。
言葉も、絵とおなじくらい書いて残しておいても良いのかも。
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