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精神病院に入院した時に会った男の話

また月が変わる。
インドネシアではあと一週間で2回目のビザの更新。
つまりここに来てあと1週間で2ヶ月が経とうとしている。

未だに良い土地は見つからず。

いくつかのFacebookグループに土地を探している旨の投稿した。
それに対して現地人からいつくかの返信があり、その中で連絡をした人とやりと利用している最中だが、その値段も馬鹿みたいに高いものばかりだ。

だが協力をしてくれている人には、とても感謝している。
彼らも私たちに土地を紹介する事で幾らか(土地の価格によるが、多分彼らの平均月給の15倍〜20倍の金額)のコミッションが入るのだろうが、それでも情報が命の私たちにとっては、とても有難いことだ。

この後一旦雨の中外を出て、鶏肉と米を買いに行かなくてはならない。
家には底の浅いフライパンがあるのみで、
炊飯器はない。
だから今の生活では、米を炊くにも一苦労だ。

私たちはインドネシアでホテル建設の計画を立てている段階で、現状は収入がない。
だから今はできる限りの節約をしている。

雨が止むのを待ちたいが、
今日は朝から降っていて空を見る限り、
もう少し雨が止むのも時間がかかりそうだ。

正直面倒くさい。
ただ兄に頼まれている以上やはり行かなくてはならないので、そろそろ私の重い重い腰を上げていくとしよう。

それからある程度新たに発見した土地を見て探す。
だが良い土地は見つからない。

暗中模索、艱難辛苦、百折不撓。

そう百折不撓、たとえ百回折れても立ち上がる。
そんなことを考えていると、昔私が精神病院に入院していた時に一緒だった雄介という男のことを思い出した。

マサ、俺は原子の精神を持っている。
だから百折不撓。こうやって何度精神病院に入院しようとも決して俺は折れることはない。
故に負けない。」


にっと笑いながら彼は最初私に会った時、
自己紹介としてこう言った。


彼について最初に正直に思ったことは
この人は何を言っているんだ?
何と戦っているんだ?
そして私はなんとなく死刑囚編の刃牙の敵キャラが「敗北を知りたい…」と言っているコマを思い出した。



掴みどころがなくよくわからないことが兎に角、印象的な男だった。
だが私たちは後に仲良くなり、今では私は彼のことをとても尊敬している。

「俺は幻覚や幻聴でこれ以上のないこの世に存在する以上の恐怖から生還し、地獄の底を舐め尽くした男、それが俺だ。そしてみんなはそれを妄想というが、それはれっきとした俺の真実だ。
だがそれをみんなが現実でないというからこそ、俺は俺の現実と社会の妥協点を探し続けている。」

彼はそんなようなことを言っていた。

そして彼は弱音こそ吐く時もあった。
だがそれでも彼は逃げず、何とか彼の運命に喰らい付き、体当たりしそれをひらこうとしていたと思う。

彼は妙なカリスマ性というか、説得力があった。そんな彼は病院では伝説だった。(少し彼をからかっている人もいた。)
彼の身体はそこまで大きくなく、筋肉もそこまでない。

でも彼は自己の目の前に与えられた運命にぶつかっていく。
何度壊れながらも、幻覚の症状や幻聴の再燃もあったようだが、決してあきらめないで自分が本当に生きれる場所を模索して、海外に旅をしようとしていた。
いつも何かを夢中に追っかけて、希望に溢れていた。

海外で色々な仕事の経験をしてきた、
東洋の奇跡(彼曰く)、それが雄介だった。
彼はよくまわりにそんなことを自慢していた。

そしてよく彼は彼自身をこう言っていた。

「俺は何においても絶対に負けない。
それは俺が何事も決してあきらめないからだ。
本質的な意味で、俺は何事からも逃げない。
それが俺だ。

よくわからない現実が俺に倒れ込んできて、
仕事を辞めることになったこともある。
だがそれは、俺の宿命に正直に向き合ったためだ。
そして俺はその狂った現実から一歩も引かなかった。」


そしてそれは本当のようだった。

彼は多くの語るタイプではなかった。
だが彼は何かをその身に宿しているような気がした。

彼を知る同じ病院に拒食症で入院してきた女の子も、彼についてこう言っていた。

「彼からよくわからない何かを感じる。
だけど、私にはそれが何かわからない。
ただそれは混沌としている。
だけど彼に何かを尋ねると聞いたこともないような意見で、いつも考えさせる何かしらかの面白い独特な答えがあって、話していると楽しい。」

それは彼の中から来る何かによるものだと思う。異様な確信、彼のオーラ、自己への信頼、圧倒とした孤高。
それの元となる彼固有の経験。

私にとっての最初の彼の印象は、確固とした意見があって、何かはわからないが芯の通っている、妙な自信がある男だった。

そのくせ彼は誰も馬鹿にもしなかった。
というよりも、彼は自己の中に他人を見出し、その弱い部分も愛していた。
正確に言えば愛しすぎていた。

だから、彼は時として身動きが取れなくなった。

薄すぎる自我の境界線。そして強すぎる共感性。
それが彼だった。

しかし、彼は一見ネガティブに思われる事柄にすら、自分のかけらを見出し始めていた。

彼にとって本当の意味でもネガティブな経験、身体的、孤独、そういったもの自体の定義と彼自身の自我が、彼の大きすぎるなにかの力によって、ふやふやにふやけて壊れかけていた。

そしてその時彼は2度目の統合失調症の再燃(彼の言葉で言えば、それはなんらかの宿命)によって、幻覚、幻聴を始めとした病気になって、
彼は私と同じ病院に入院してきたのであった。

しかし、彼は彼の夢をあきらめていなかった。

彼の夢は、愛そのものになることだった。
そしてその具体的な方法を、彼自身知らなかった。


そのために彼は、彼にとっての彼の周りの現実を、すべて紙に書き出していた。

誰にも見られることがなくても、それを続ける。
しかし、それを日々上げられる範囲で、今の私のように少しずつブログやなどに上げていっていた。  


彼の純度が高すぎる思いは、重すぎるのかもしれない。
そして具体的な方法がない、重すぎる夢は精神の病と呼ばれるのかもしれない。

彼にとって自分の信念と、それを社会的な行動につなげるための架け橋がそれだった。

精神病の先輩である雄介は私たちによく言った。

「信念を何らかの形で外に出し続けるといいよ。
それがブログでも何でも、それがださくても。
それがいづれ誰かの勇気につながれば、それは立派な社会的な架け橋だ。


数年前俺は自分の宿命によって病気になった。
だが、俺はやれることをやる。

そしてそれが社会的に価値のあるものであれば、
おのずと評価にもつながっていく。

そうでなければ、そのままだろう。
でも俺はそれでいいんだ。
俺は初めから評価や結果を求めない。

なぜなら俺は俺の運命を、
まだ俺自身が知らないからだ。

その運命の大小はあるかもしれないが、どんな偉大な人でも、そうやって、自分の中の信念のようなものを、少しずつ小さいところから世に出し始めた人たちなんだ。
そういう意味では、俺の覚悟は全く彼らに引けを取らない。
同じ人間なんだ。
だから俺は誰にも引けを取らない。

そして、偉大といわれる彼らは決してそれを諦めなかった。
誰よりも自己の信念を信じつづけた。 

だから俺もそうする。それに連なりたい。

その為に何かの形になるまで、
やり続けることこそ大切なんだ。

自分の信念を、それが例えわけのわからない大きすぎる概念でも、外に出し続ける。
それが大切なんだ。」


彼は私にそういった。

私も海外で旅や仕事をしたりして、彼と離れた。
後に彼がどうなったかは、知らない。

だが彼の熱い気持ちや、透徹するような眼差しは、今も私の心に焼き付いている。

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