Session.2 河合隼雄さんは「あははうふふ」な心理学トリックスター
ただいまわたしが参加している『ほぐす学び』Unlerning Experience は、読書とディスカッションを通して、哲学し、学びほぐす体験を共有する場所です。
ここではその中でわたしが見聞きし、学んだこと、感じたことを、日常の中で流れ去ってしまう前に書き留めてまいります。
河合隼雄とは
ユング心理学の大家、川合隼雄さん。1928年に兵庫県生まれ、京都大学で数学を学んだのち、高校で数学の先生をしていたそうです。その後、フロイトの「夢判断」を読み衝撃を受けた同氏は、心理学の道を極めなんとカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に入学。ブルーノ・クラッパー博士や、J・M・シュピーゲルマン博士の指導を受け、ユング派心理分析家の道を歩みました。
日本での活躍
帰国後の活躍は目覚ましく、箱庭療法を日本に初めて導入したり、日本臨床心理士資格認定協会を立ち上げたり、文化庁の長官を務めたりと、上げ出すとキリがないほどです。
深層意識への道
彼の著書の中でも、とてもわかりやすくその思想を描いているのがこの「深層意識への道(岩波書店. 2004)」です。
今回題材となった5〜6章の中では、恩師であるブルーノ・クロッパー博士や、J・M・シュピーゲルマン博士とのエピソードやUCLA時代の異文化理解に通ずるエピソードから、なぜ同氏が心理学と禅をはじめとする宗教感が精通するという境地に至ったかを、とてもコミカルに軽やかに綴っています。
本書は、自身を日本ウソツキクラブ会長と自称してしまう河井隼雄さんの茶目っ気たっぷりな人柄が、本書の中でも語り口調でふんだんに綴られています。とても読みやすく、ついもっと河井隼雄さんの世界に触れていたくなるような一冊です。
健全な心は平衡とカオスでできている
中でもわたしが心惹かれたエピソードが2つありました。
1つ目はパートナーシップについて。
人の心の働きには思考・感覚・感情・直観といった「4つの機能」があるそうです。中でも人それぞれ自分が得意・不得意な機能があり、得意なものを大事に伸ばしていくのだとか。
一方、心は一面的になることを嫌うので、パートナーや恋人・夫婦など相手を選ぶときには反対の人を選ぶ「心の補償作用」というのを重視するそうです。
本書に出てくる面白おかしい河合さんがお話しする事例を読みながら
「ふむふむ、そりゃケンカのひとつやふたつするわいな。」
なんて、つい自分のパートナーシップについて重ねながら、するするとあっという間に読み進めてしまいました。
河合さんは家族の心理学についてもたくさんの著書を執筆なさっているそうで、ほぐす学びに参加なさっている河合さん推しの方々は「それこそ是非とも読むといい!」と口を揃えます。これは見逃すべからずな雰囲気満載ですので、近々ぜひ読んでみようと思います。
言わずもがな「母なるもの」
2つ目は日本人の「甘え」という感覚を英語で表現する中で彼自身がたどり着いた、日本文化は「グレート・マザー=母なるもの」に重きを置く文化であることが密接に関係していることを紐解いているお話でした。
わたし自身、日本人特有の「言わずもがな」という感覚がどこからやってくるのかというのは、海外のハッキリ言う文化に触れると、つい毎度頭をもたげます。
本書では、つい日本人が引け目を感じてしまうその感覚ですら、そう悪いもんでもないと感じれるよう、禅とユング心理学の両側面から伝えています。
「『父なるもの』結果から白黒をはっきりとする欧米に対し、『母なるもの』全体性やコスモロジーを重んじる日本なので、感覚が揃わないことはあって当たり前で、それが日本の良さだったりするよね。」なんて、
ついうっかり河井先生に肩を叩かれているような気持ちになってしまいました。
明恵夢を生きる
先ほどの一冊とは打って変わって、とても真面目な一冊、今回の難書とわたしの中で位置付けてしまった一冊でした。しかし、その内容は個人的にもとても興味深い「人の夢」について、明恵上人が自身の夢を綴り続けた「夢記」を題材に紐解いた一冊です。
心理学と夢
現代の心理学界で袂を分つ存在のフロイトとユングですが、その決定的な違いは「夢」をいかに捉えるかと言う部分にあるのではないでしょうか。
個人の抑圧されている願望を意識化する『夢判断』であると説いたフロイトに対し、一時は協調した二人でしたが、その後、ユングは独自でその夢の持つ役割を『心全体のの平衡状態を回復させることができるもの』としてより重点を置き、自由連想法や夢分析へと昇華させていきます。
また本書では、ユングは夢には補償的作用があると述べています。緩やかな差は完全を生み出さないけれど、受け入れやすい可能性が高いと言うニュアンスを補償的とし、夢や無意識は心に対して補償的に作用すると綴っています。
夢を生きる
今回の課題となった本書の第1章後半では、夢を非常に大事にしている民族「セノイ族」について書かれています。
セノイ族は夢を傍観者として見るのではなく、主体的に体験することで自身の無意識にアプローチし、精神の平衡を保っていると書かれています。この「見る」のではなく、「体験する」と言うのをもっとわかりやすく言うと、夢を解釈し良し悪しを評価することが「見る」感覚。それに対し、「体験する」とは、夢の中で対峙している現象をより詳しく観察し、その体感を促進することを指します。
夢を「体験する」ことで、意識のあり方に影響し、意識と無意識によって心身を補償する。そうすることで、高次の全体性へと志向が認められていくのだと、本書は記しています。
まとめ
今回参加した「ほぐす学び - session2」では、河合隼雄さんの著書から人の心の深さに触れました。課題図書はどちらもとても興味深く面白い内容でした。一方、セッションに参加していた方の中には、実際にお仕事などを通して人の心理に日々触れている方もおり、そういった方々の苦悩などお話を聞くといかに心というものが複雑で繊細であるかを身に積まされるようでした。
そんな一筋縄ではとても解明できない人の心の世界を前に、
「はて、これは科学なのだろうか?」という疑問が湧きました。
「ほぐす学び」を監修していらっしゃる南博文教授はまとめのお話の中で、
「科学にはいろいろなパターンがり、河合さんの心理学は一人一人の心を対話から紐解くナラティブな科学にあたり、著書や思想の中で『人間の精神は物語である』と伝えてくれている。」と触れていました。
私は「なるほど、心の世界も科学の世界も随分と奥深いのだなー」と感じ、次回の「ほぐす学び - session3」がとても楽しみになりました。
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