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その人らしさを出すのは統一感だけじゃない


今回は「世界観」についてのお話です。SNSではよく語られる投稿を統一しろという話。これに苦しむ人が多いと思います。これには一つの罠があるよという話です。
私がSNSで伸ばしてきたとき初期でこそ青で統一してきたかもしれないですが、決して青だけが自分の世界観だと思って投稿していないです。
「世界観が統一感だけじゃない」ことを話していきます。


インスタもXも投稿している写真を揃えているわけではない。ただあなたの写真だとわかるとは言われている。


写真やデザインにおいて、私が最も重要だと思っているのが、この「世界観」     でも世界観=統一感ではないということを考えたことありますか?

世界観は根底の考え方や、感性、思想であって必ずしも統一感ではないです。あの人らしさというのは統一された作品群だけが出すモノではなく、その人が作り上げてきたモノの根底に眠る思想や、コンセプト、考え方によるモノです。統一感はそれらをより精鋭化するための手段です。
えてしてそういうものは、作品の作風だけではなく作品そのものから感じられるものに現れます。

私も現に写真をSNSで投稿している写真には色の統一感も撮っている物の統一感もへったくれもないです。その代わり、投稿する写真において重視しているのが視点と、独自の思想による色展開を世界観に組み込んでいます。

そういうふうに捉えているので、統一感だせないんだよなあと呟いているツイートを見かけますが、「いやいやあなたの世界観は十分統一されているよ!!」としばしば思うことは多々あります。
世界観が出来上がっていれば何かしら迷った時に、自分の助けになります。

それではものつくりにおける世界観ってなんぞやということを話していきましょう。


世界観において、その人が創造神であり創造する人の精神や哲学がそこに現れる

世界観とは文字通り世界を司る価値観です。
写真においてはカメラを通して切り取る世界の捉え方(視点)、色の捉え方(色彩感覚)、そしてそれを選ぶ(選択)が構成します。

つまりなんとなく撮っていると、その人の固定した好きな視点、その人の好きな色、その人の好みがそこに現れます。それがその人の最も本質的な世界観を司る思考です。
つまりあの人らしい写真を撮りたいと始めた写真においても、その人の憧れを通したフィルターがその写真を構成します。

じゃあ世界観はなんとなくで、できるものなのか?それはそうではないと思います。

例えばコントロールされた世界観も存在します。

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