芝居原案「老い耄れボクサー」(全文掲載)※これは作家小川洋子さんが小説にしてくれます!
※これは、僕の芝居原案の一つです。これを、小説家・小川洋子さんが小説にしてくれています。5年かけて一冊の本にしてくれるんです。本は、社団法人真色出版部「Avec la nature(邦訳:自然と一体)」で本にします。価格は未定。本屋には並びません。全てインターネット注文になります。
ここからです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小説化させる作家:小川洋子さん
「元プロボクサーのマスターの所には、多くの、マスターを慕うボクサーが通っていた。マスターの優しさは、会話から伝わる程のもの。先輩ボクサーとしてのアドバイスもあり、そのアドバイスを聞きたくて、マスターの店「raccoon dog(アライグマ)」に集まる。店は、客の話し声が邪魔にならない程の混みようで、満杯になる事はなかったが、客が零の時は無い。
ある時、コマーシャルフォトグラファー見習いの二十二歳の男が、プロボクサーの集まる店だと聞き付け、カメラを携えてやって来た。見習い男は名刺を出し、プロボクサーの集まる居酒屋だと聞いてきました、と来店の目的を述べる。「今度、内のジムに所属しているボクサー全て呼ぶから、その時にまたおいでよ。」そう言われたので、店で食事をしながら、マスターと談笑する。
「今日見習いカメラマンの子が来る日だったよね?」妻に確認し、何時(イツ)もの様に店の開店準備の続きをする。
開店して一時間ほどで、見習いカメラマンの青年が店に来た。
「小川と申します!よ、よろしくお願いします!」
「威勢の良い男だな君は。まあ兎に角、ライセンス持っている子だけ集めたから。」
などと、会話を交わす。
日本チャンピオンもいれば、東洋ランクの男もいる。二十二人を撮影し、マスターに礼を述べる。
「ほ、本当に有難うございます!」
「いや、いいんだ。喉渇いただろ?まずは水を飲みなよ。」
「み、水?」
「そう。まず飲んで落ち着かせて。そして、もう一人、撮影していない奴がいるじゃないか!」
「す、すいません。それで、その人はどちらに…」
「目の前にいるじゃない!」
少し語気を強めて言った。
「あ、あなたですか!」
「そう、僕も元プロボクサーなんだ。」
そして、カメラを準備し、店内の撮影した場所に移動しようとすると、「いいんだ、ココは僕の店なんだから。外の、看板の所にして欲しい。人には見せたくないし。」
「そ、そうですか。判りました。では外に行きましょう。」
そして、店の看板のある、小さなスポットライトがある所へ移動した。
「で、では…」
撮影しようとすると、
「五分待ってくれないかな。」
「五分?あ、はい。」
見習いカメラマンは、光量メーターを用意し、撮影場所の光の値を測った。
「ごめんごめん、待たせてしまったね。兎に角、ただ立っていればいいんだよね、僕は。」
「そ、そうです。」
そして、見習いカメラマンが小さなスポットライトへとマスターを誘導した。
「で、では十枚くらい撮影しますから。」
「十枚?」
「はい。」
「駄目だよ、そんなに保険を掛けたら。」
「じゃ、じゃあ五枚では…」
「それも駄目。」
「じゃあ、二、三枚は…」
「駄目。店で僕が何をしていたかは、少しは見たでしょう?」
「は、はい。じゃ、じゃあ一枚で…」
「そう。それでいいですから。僕はね、モデルではないんだから、写真は苦手なの。」
「す、すいません。」
「もう謝らなくていいから、心の準備が出来たら教えて。」
「は、はい。」
この見習いカメラマンは今まで、どれくらい保険を掛けてきたのだろうか。十五分後に、
「じゅ、準備が出来ました。」
「まだまだ。」
「え?でも…」
「返事がどもっているでしょ?だから、もう少しだけ待ちますから。」
十分後、
「もう大丈夫です。お願いします。」
「では、ただ立っていればいいんですね?」「はい、それでお願いします。」
見習いカメラマンがカメラを構えると、店のマスターは、ファイティングポーズになった。
すると、見習いカメラマンは、その迫力に押されつつも、シャッターを押した。その眼は、まだまだ現役のプロボクサーそのものだった。そう、それこそ「老い耄れボクサー」の眼そのものだった。(了)」
#読書の秋2020