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【読書録133】組織開発の哲学的基盤となる3人の巨人たち~中原淳・中村和彦「組織開発の探求」を読んで②~

さて前回は、本書の第Ⅰ部の初級編、「組織開発を感じる」について書い た。


組織開発の哲学的基盤となる3人の巨人  


 それを踏まえて、本書は、組織開発のルーツや思想という、組織開発の成り立ち、歴史の旅へと飛んで行く。
 どんな事でも、その成り立ち、歴史というのは、重要であるが、「組織開発」は、その歴史の過程で、不幸な時期を抱えており、より一層、その思想や考え方から翻って理解していく重要性があるのではないだろうか。

 本書では、その成り立ちを3層のモデルで説明する

組織開発の3層モデル
 第1層:哲学的基盤 「組織開発の考え方」の基礎
 第2層:集団精神療法 「組織開発の方法」の基礎
 第3層:独自手法の発展」

第1層の基盤の上に、第2層があり、その影響を受けて、第3層が発展してきたという構造である。
今回は、第1層の哲学的探究から歴史の旅を始めたい。

 組織開発における、哲学的基盤には、3人の巨人がいるという。
すなわち、ジョン・デューイであり、フッサールであり、フロイトである。

ジョン・デューイ


 なかでも、その中で源流となっているのが、アメリカの哲学者、ジョン・デューイである。
 デューイの名前やプラグマティズムという言葉は知っていたが、ジョン・デューイが具体的にどんな考えを持っていたかについては、本書を読むまで知らなかった。
 
 アメリカが生んだプラグマティズムの思想的背景についてはなるほどと思うとともに、価値観の多様化が言われる今こそ大事な観点なのかなとも思う。

プラグマティズムを育んだのは、言うまでもなく自由の国アメリカです。
プラグマティズムの思想は、多くの民族、多くの人種がいわば「サラダボウル」 のように混ざり合う移民の国、アメリカの基調を成す思想として、非常に重要な意味を持っていたのです。「唯一絶対の正しさや善」を求める、というヨーロッパ哲学の伝統は、多くの民族・人種が混ざり合うアメリカでは、なかなか受け入れられません。社会的な背景は多様であっても、「効果がでているもの=問題解決できているもの」を並存させて、よきものとみなしていこう。こうした「ゆるさ」や「社会的包摂(インクルージョン)」のマインドがアメリカという国には必要でした。そして、その理論的根幹となったのがプラグマティズムです。

そのデューイの人間観として、本書では、3点を提示する。

①人間とは「知識を貯め込む容器」のような存在ではなく、「能動的に環境に働きかける存在」である。
②人間は能動的に環境に働きかけて「経験」を積むことができる
③「経験」に対するリフレクション(反省的思考)を通して、人間は知を形成することができる。

現在のアクティブ・ラーニングそのものである。
そしてこんな言葉も紹介する。

We don’t learn from experience. We learn from reflecting on our experience.

「内省すること」の価値をパワフルに伝える文章である。
そのデューイの思想を背景にしたのが、デイビッド・コルブの有名な「経験学習サイクル」である。
 そしてドナルド・ショーンの「省察的実践(reflective practice)」という概念も興味深い。

ショーンは考えました。高度に科学技術が発展し、専門化が進んでいく現在社会では、「不確実性」が増し、解決すべき問題は「所与」のものではなくなります。つまり、何を解くか、何を行うかは、誰かが教えてくれるものではなく、変化の激しい世の中の動きを読み取り、自分で「決めなければならないもの」になってくる

ショーンによれば、そのような時代にあって「正しい課題解決」を行うためには、「正しく問題を発見し、設定すること」のほうが「正しく問題を解くこと」よりも重要になる。そして、「そもそも問題とは何なのか」ということを考えるためには、自分のやっていることを省察的に捉えること。すなわち、振り返ることやリフレクティブな認知能力を高めておくことが不可欠である。とかんがえました。

 とてもしびれる考え方である。
問題解決よりも問題発見というのは、安宅和人「イシューから始めよ」、内田和成「論点思考」で言っていることそのものだ。
AIの発展により、その重要性はますます増していくだろう。

この、(1)学習と変化の源泉を「経験」においている点、(2)変化につながるきっかけとして「振り返り」を位置づけている点が、組織開発と深いかかわりがあるという。

エドムント・フッサール


 そして第2の巨人が、フッサールである。フッサールの現象学というとすごく難しいというイメージがあるが、そのフッサールの思想の中でも、組織開発への影響というと、「今ーここ」(here and now)という価値観とのこと。

フッサールが抱えた問題意識は、自然科学に対するアンチテーゼであり、私たちの意識を基盤とした学問をつくるべきだという。

フッサールが述べている「我」とは言うまでもなく、自己のこと。フッサールが言うには、すべての認識の根源は、「我」が作用させる「意識」です。「我」が、「自己の意識」を作用させることを通して、「今ーここ」の瞬間に意識の上に立ち上がってくる「対象物」を知覚します。ちなみに私たちが、さまざまな意識を張り巡らし知覚しようとしている日常生活のことを、彼は「生活世界」と呼びました。こうした知的態度は、対象とはなるべく距離をとり、客観的たろうとする自然科学とはまったく異なる立ち位置です。フッサールは、こうした自然科学と異なる立場で科学を復興していくことこそが、自然科学に毒されようとしていた当時のアカデミズム諸学の危機を救うのだと考えていました。

フッサールの思想で、組織開発の基盤となっているのが、(1)人々の「<今ーここ>の経験」を意識化し、記述することが思考にとっては重要である。(2)人は必ずしも「見えている」わけではない。自明だと思われるものを意識に上げることが重要という点だという。

古代ローマの英雄・カエサルの「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」と言葉を思い出す。

 意識しないと、いや意識してもと言ってもいいかもしれないが、なかなか、今起こっていること、ここで起こっていることに意識がいかない。集中できない。見えていないのである。

ジクムント・フロイト

 そして最後の巨人が、精神分析の祖・フロイトである。
フロイトの思想の中で、組織開発に関連してくるものとして、「無意識」「抑圧」「病理」をあげる。

 フロイトが、精神病の治療のためには「無意識」にある「抑圧」を「顕在化」させるという考え方をとったこと。またその顕在化のための手法が「対話」であったということが組織開発につながっているという。

 フロイトの言葉として紹介するのが以下の言葉だ。

 The mind is like an iceberg, it floats with one-seventh of its bulk above water.
(心とは氷山のようなものだ。氷山は、その大きさの7分の1を海面の上に出して漂う)

 個人に対する治療が、本人に意識できない無意識の領域に抑圧されているものを対話によって意識化させていくというものであるが、対象を組織・グループにした組織開発の場合、グループで人によっては見えていない葛藤などのグループレベルの抑圧を対話によって顕在化させていく。これは確かに対になった考え方である。

この3人の巨人の哲学のエッセンスが、組織開発の考え方の基盤になっているという。

経験をまず意識化して振り返ること
「今ーここ」の自明性を問うこと
意識の下にあるような、ふだんみえていないものを問うこと

今回は、第1層の哲学的基盤で終わりにするが、本書でもページを割いて記載しており、組織開発にとって、重要な基盤なんだと思う。

 私にとっては、デューイの経験と内省の考え方、そしてデューイの思想を発展させたショーンの思想がとりわけ響いた。ショーンの本、読んでみたい。
 
 続きはまた 


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