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【読書録56】「参謀(スタッフ部門)の心得」と「人間の本質」~「瀬島龍三回顧録 幾山河」を読んで~

本書を読んだきっかけ


 「読書大全」の堀内勉氏が、本当の意味での読書をするようになり、最初に必死に読んだ書と紹介していたこともあり、手に取る。

 瀬島龍三氏は、山崎豊子の「不毛地帯」の主人公としても知られる。

 本人の回想録ということで、自分に都合の悪いことは語っていないなどの評も聞いていて今まで手に取るつもりもなかった。

 しかし手に取ってみると、とても一人の人生とは思えないほどの、波乱万丈の人生に引き込まれる。

 ご本人が、大東亜戦争をどうとらえてきたか、また11年におよぶシベリア抑留をどうとらえ、どう乗り切ってきたかなど、当事者の1人称の語りに勝るリアリティはない。

 また年齢を重ね、全知全能の人間などおらず、人間は置かれた環境でどう最善を尽くすかに尽きると考えられるようになったことも本書が心に響いた一因かと思う。

 図書館で借りるが、古本で220円。今後も読み返すであろうから購入する。

 本書を読んで得たことは、いろいろとあるが、大きく分けると以下の2点である。

・「参謀(スタッフ部門)の心得」
・シベリア抑留で向き合った「人間性の本質」

参謀(スタッフ部門)の心得


 戦時中の大本営参謀としての勤務、戦後の伊藤忠商事でのスタッフ部門や経営として活躍や臨時行政調査会の委員として臨調の「官房長官」としての役割から、瀬島氏の本質は、「参謀」・「スタッフ部門」として、大局を見て、トップを意思決定を補佐する事にあると感じた。

 大本営参謀時代を振り返って「参謀論」(P.64~)や伊藤忠商事の業務部長時代に部下に配ったというい「スタッフ勤務の参考」(P.309)は、大変参考になった。

 以下、抜粋し私なりの意訳してみると、

【心構え】
1.会社組織の骨幹はトップとラインであり、会社運営の道筋はライン経由である。
2.スタッフの本質は「補佐」である。
3.スタッフは、フェアであらねばならぬ。
4.スタッフは、その組織に於ける知能の中枢たらねばならぬ。
5.スタッフは周到であらねばならぬ。
【主体に対し】
6.主体によく接し、その性格、人柄を理解し、また経営の方針や事に処する意図を承知していること
7.補佐業務において大切な事
➀組織の実情を把握し、真実の姿を適時、主体に報告し、主体が絶えず実情に通じているように補佐する
➁主体が方針を決定し、或いは判断を下すに必要なデータを機を逸せず整備する事
 またできればそれに自己の意見を追加する
8.多忙な主体が重要業務に専念できるように主体に対して配慮する

【主体に属するラインに対し】
9.ラインの立場を尊重し、その立場に誠意協力し、希望をよく聞いてできるだけ実現に努力する
 主体の信頼があっても、ラインの信頼無くては、スタッフ業務の完遂は不可能である
10.主体が重要な方針を決定するときは、主体の趣旨を承り事前にラインに図り、調整し、一度決定された事は迅速、スムーズに実行に入るように調整に留意する

【業務内容】
11.スタッフの仕事は、後半であるが、以下➀さらに➁までも完遂することが望ましい。
 ➀秘書的業務
  ・一般事務処理
  ・主体の行動を承知し、事前に所用事項を報告
  ・組織の実情把握と実行確認
  ・その他、指示された事項の処理
 ➁調整
  ・立案(資料整備、計画または方針の立案)
  ・積極的意見具申
12.上記完遂の為に 
  ・絶えず、研究・調査を怠らぬこと 
  ・自己の業務に必要な資料を要約・整理しておくこと
  ・口頭や文書による意志の表現、説得力の訓練
  ・明るい精神と健全な体力

シベリア抑留で向き合った「人間の本質」


 そして、瀬島氏を瀬島氏たらしめているのは、やはりシベリア抑留の経験であろう。

シベリア抑留。約60万人の日本人が抑留され、厳寒環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要させられたことにより、約6万人が死亡したという。

 11年におよぶ過酷な経験。瀬島氏本人の言葉を紹介したい。

厳しい環境下で心身の健康を保つためには、「学ぶ精神」がいかに大切かを痛感した。同時に、「『学ぶ精神』を維持するためには、環境と秩序が安定し、貧しいながらも生活とくに食生活の安定が必要であると実感したj。衣食足りて礼節知るということわざを思い起こした。

P.262

十年を振り返り、人生の大きな無駄に思えたが、「自分に課せられた運命であり、試練でもある」と自ら言い聞かせた。

P.268

十一年の逆境は、時に極限と思える瞬間もあったが、それに耐えるだけではなく、できるだけ客観的、理性的立場に自らを置き、人間とは何ぞや、人間の本質は何か、人間にとって最もつらいことは何か、最も尊いことはなにかなど考える機会になった。逆境ではみんな裸になるし、裸にならざるを得ない。自分自身もそうである。その現実の中で、人間の弱さ、強さ、尊さを感得した

P.278

  なかでも、抑留十一年を回顧し、「人間とは何ぞや、その本質とは何か」をつくづく考えさせられたという、「人間性の問題」の項は、考えさせられる。

 ソ連の絶対権力下で明日の命、明日の運命がどうなるかわからない中、「孤独」「空腹」をな何とか乗り切る中、腕力で人のパンを奪うものや暴力をふるうもの、逆に、自らのパンを割いて病気の友に与え回復を助けるものもいたと振り返りこう語る。

「人間とは何ぞや、その本質とは何か」・・・私はつくづく考えさせられた。
 第四十五特別収容所で繰り返し読んだビクトル・ユーゴ―の「レ・ミゼラブル」に「人間は二つの中心に立つ包摂された楕円である」とあるのを見つけ、深く共感した。すなわち、精神と肉体、感情と理性、善行と悪行の両面を包有する「生きもの」であること、これが人間の本質だという。人間の弱さ、醜さを克服するのは容易ではない。平常から信仰心、責任感など心の鍛錬が肝要と痛感した。
 また、「人間にとって最も尊いものイコール人間の真価」についても考えさせられた。自身が空腹のときにパンを病気の友に分与するのは、簡単にできることではない。しかし、それを実行する人を見ると、これこそ人間にとって最も尊いことだと痛感した。「自らを犠牲にして人のため、世のために尽くすことこそ人間最高の道徳」であろう。それは階級の上下、学歴の高低に関係のない至高の現実だった。
(中略)
軍隊での階級、企業の職階などは組織の維持運営の手段にすぎず、人間の真価とは全く別である。

P.283

大東亜戦争からの教訓


 大本営参謀として、大東亜戦争に突入する前からの経緯等の当事者としての分析および反省も興味深い。

支那事変処理と南方問題処理という二元的国策や、日独伊三国同盟の締結により、対米国策の選択の幅が狭くなっていくプロセスを描きだす。

12/8の開戦から時間を逆戻りして、戦争への道を示していくことで戦争回帰の道はなかったかを描き出す手法は頭が整理され、さすがは昭和の参謀と言われる著者ならでは。
著者は、この戦争を「不期受動戦争」「自存自衛の受動戦争」と性格づける。

その妥当性は、わからないが、その論拠の一つとして、「戦争計画なき戦争」「見通しなき戦争」ということを挙げる。

その時の時流で、戦争を意図していなくても流れていってしまうこと。それは、現在の時勢では、より深く胸に刻み込んでおかなければなるまい。

 戦争に突入してからの記述も妙味深い。

総帥における情義と戦理の問題陸海軍の連携の問題は、「失敗の本質」でも挙げられている。当事者から見てもそう実感されるものだったのか。

 それにもかかわらず、どうもできず多大な犠牲を払ったことは、痛恨の極みであり、日本人として刻み込んでおかねばならない教訓であろう。

臨調で掲げた国家像

 そして、伊藤忠会長退任後に、国家・社会への献身として、取り組んだ臨時行政調査会の委員としての仕事。瀬島氏は、臨調の「官房長官」と呼ばれたとのこと。

 臨調の中で、行財政改革を進めるにあたっての理念を大変わかりやすく整理している。スタッフ部門で働く者として、「課題を整理しわかりやすく提示する」というお手本のような記述である。

その理念とは、以下の3点である。

・国の目指すべき方向性の提示
 「活力ある福祉社会の建設」「国際社会に対する積極的貢献)」
・国民負担率の抑制
・増税なき財政再建

 今日でも、通用する理念である。また理念を掲げるのみならず、三公社改革を複雑な政治プロセスの中で実現していくくだりは、現在社会でも生かせる教訓であろう。

心に残る人々


 本書では、瀬島氏の人生のステージごとに、「心に残る人々」を振り返っている。東条英機や土肥原賢二などの大東亜戦争の指導者から、伊藤忠時代や臨調時代に関わりあった人まで、各章の最後に面々とつづられる。長きにわたって関係を継続した方も多く、人との関わりを大変重視された方だというのが、伝わってくる。
 昭和のフィクサーなどと言われるのもその人間関係故かもしれない。

 瀬島氏の人物評見ると、世間一般の評価と異なる面も多く、近くで接してきた人間しか分からない面に触れられており、つくづく、人間は多面的なのだと思う。
瀬島氏が、シベリアで繰り返し読んだというビクトル・ユーゴ―の「人間は二つの中心に立つ包摂された楕円である」という言葉が頭に浮かんだ。


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