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ちゃんと教えてくれてるやん!<642/1000>

【ラジオ体操943日目】
【ニコチンレス生活664日目】
【ボイストレーニング47日目】

こんばんは。
生まれた時から死ぬほど負けず嫌いで、素直に負けを認めることが出来ないので、性格がひねくれまくっているコマリストです。


失敗するのが怖い。
負けるのが嫌だ。


日本人は、幼少期から失敗することを恥ずかしいことだと教育されてしまう。


これは日本式教育を批評する人が、よく口にする言葉です。


だけど、日本の教育は年々しっかりと変化していて、その時代のトレンドを少なからず反映していたりします。


例えば、今年の春からは、政府の方針を反映して高校の家庭科の授業で金融教育が組み込まれてきたり。


昨年の春には、プログラミング教育が小学生の必修科目となっていたり。


ちゃんと変化し続けているものに同じような批判をして、その後に自分の信頼する教育教材みたいなものを売り込む批評家さん達。


実は、そういうセールススクリプトなのかもしれません。


ちなみに、最近は競いあわないことが良いみたいな風潮があって、順位をつけない教育が増えているという話を耳にします。


私が学生の頃は、テストの点数の学年順位が廊下に貼りだされ、同学年の全員に晒されていました。
#これのおかげで
#気合い入ってた


そもそもテストは点数がつくものだし、高校受験では点数を競うしかないので、同学年の中で自分の成績がどの程度なのか知ることは、進路決定に役立っていたはず。


それなのに、競い合うことを避けるために、点数は秘匿され、順位は知ることすら出来ない。。


競い合うことってそんなに悪いことなのかなぁ・・。


あなたは、競い合うことが悪だと思いますか?


さて、ここからが本日の本題です。


ここまで書いてきたように、競い合うことを避けるような教育を推奨する人が増えている現代。


だけど、私はそもそも競いあわないことが「負け」や「失敗」を極端に怖がる考えを生み出している気がします。


想像してみて下さい。
子どもに大人気のアニメであるポケモンやワンピース、仮面ライダーやベイブレードなどなど。


あなたも好きな作品があるかもしれないし、身近に子どもがいる人は、もちろん中身を知っているはず。


もしもこれらの作品に「バトル」(競い合う)という要素がなかったとしたら、それでも子どもたちは惹かれるでしょうか?
#バトルがないワンピース
#面白くないよね


そうなんです。
人気作品の多くで、競い合うという要素が描かれていて、それこそがストーリーの中心だったりする。


強さに憧れて、かっこよさに憧れて、勝負に一喜一憂して、作品にハマる。


それなのに、小学生以上になったら競いあわないことが美徳みたいに扱われるのって、なんだか気持ち悪くないですか?


次の話は、実際にあった話です。


ベイブレードが大好きな男の子。
もちろん自分のお気に入りのベイ(コマ)で、誰かとバトルすることが大好きです。


だけど、極度の負けず嫌いなので、相手が大人であろうと、バトルで負けようものなら拗ねてしまって「もう嫌だ!やらない!!」と言い出してしまう。


あなたなら、この子になんと声をかけるでしょう。


・・・
決まりましたか?


この状況での私の答えは、
『ねぇ、知ってる?負けるってすごいことなんだよ!』でした。


もちろんこれに対する子供の答えは、「なんで負けるのがすごいの?」となります。


私からすると、この反応は期待通り。
(子どもが好きなベイブレードのアニメに登場するキャラクターを思い浮かべながら)


『バルトも、あいがも、どらむも、べるも、どんな時に進化して強くなったか覚えてる?』


「んー。強い相手に負けた時にベイを進化させてた。」


『そうそう!すごいじゃん!!だから、負けるって強くなることなんだよ。』


「負けると強くなるんだー。じゃあ負けても良いね!もっと強くなれるチャンスだから。」


そうなんです。
バトル要素のあるアニメに必ずあるもの。


それは、主人公が負けを経験して強くなっていくという王道ストーリー。


子どもたちは、アニメからちゃんと教えてもらっているんです。


そして、アニメクリエイターさん達は分かっている。


正しい挫折が人を強くさせるということを。


競い合う社会でいいじゃん。
だって日本は資本主義の国でしょ?

じゃ、またね〜!

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