未来のあなたへ<355/1000>
【ラジオ体操657日目】
『ニコチンレス生活378日目』
こんにちは。
今は無駄でしかないと思えるようなことが、未来の自分を助けることになると分かっているけれど、どうしても”今”を優先したくなってしまうコマリストです。
今日は『今の自分には価値を感じられないこと』というテーマで書いていきたいと思います。
何でこんなことをしなくちゃいけないんだろう。
こんなところで何をしてるんだろう。
熱い想いをもって新しいことをスタートした当初は全く違和感を感じることが無かったことでも、慣れてくると、ふと冷静に戻ることがあります。
そんな時、当初の熱い想いを思い出して継続する人と、冷静な自分が勝って、辞めてしまう人に分かれます。
#どちらの選択も
#正解
辞めてしまう人は、
「今の自分には必要ない」とか「もう十分やり切った」と自分を納得させるような理由を探す。
別に、理由なんて無くても辞めていいはずなんだけど、理由を作らないとダメな自分を受け入れられなくなるんですよね。
#精神的
#居心地
今日は、未来の自分を助けてくれるのは、今の自分が必要無いと感じている事なんじゃないかというお話です。
これって、大人になったほとんどの人が、実体験をもって知っていることですよね。
過去の判断基準
何かを決断をする時、あなたはどんなことを基準にしているでしょう。
少なくとも過去の私は、「今ここ」を最優先にして、その時にやりたいと感じるかどうかを基準にして生きてきました。
学生時代であれば、タバコを吸って金髪に染めていくつもピアスを空けているような田舎のヤンキーのような見た目ながら、勉強は学校で1番なのがカッコいいと思っていたので、バカみたいに悪さをして、死ぬほど勉強をしていました。
#今なら分かる
#ダサい
社会人になってからも、自分が本当にやりたい仕事はこれじゃないから、適当にやればいいなんて甘い考えを持ちながら、日々楽しいかだけを基準に生きて、気づけば職歴は30社を超えていた。
#履歴書
#書ききれない
それでも、自分のやりたかった職業に就いたので、「目的をもって30もの仕事をしてきた」とカッコいい意味づけをして今に至る。
#カッコいいのか
#嘘ではないけど
初めて会った人に、経歴を聞かれたら、目的をもって30社で仕事をしてきたと話すので、『行動力と計画性のある人』という評価を受けますが、実際のところは正直微妙なところ。
昔から私を知っている人には、行動力はあるかもしれないけど、計画性とは真逆の生き方をしている人間だとバレています。
#隠す気も無い
#どうせバレる
過去の私は、未来の自分がどうなるのかなんて考えていなかったし、未来の自分にとってプラスになるかという判断基準を持っていなかった。
これって、意外と私だけでは無くて、私の周りにいる大人たちの多くが「あの時、もっと勉強すればよかった」とか「あの時、あっちの学校に行けばよかった」みたいな想い(後悔?)を持っています。
きっと、過去の時間にいる自分は、未来の自分が必要としているかどうかを判断基準にすることが出来ないんだろうな。
今、これに気づいているのなら、少なくとも今の自分は未来の自分に必要になるかという判断基準を持つことが出来るかもしれません。
#持ちたい
そして、これを持つことが出来たら、ここから先の未来そのものを自分でデザインすることが出来るかもしれません。
未来の自分へ
未来の自分にとって必要になることを選択の基準として持つ。
これが出来たら、自分自身が思い描いた理想的な人生を生きていくことが出来るような気がします。
もちろん、全てが計画通りにいくわけではないので、100%理想の通りとはならないと思いますが、壁にぶつかることすら計算に入れて、その時に必要となる経験を先に積んでおけば良い。
予言者じゃないので、事前に想定出来ないことはあります。
それでも、「今だけ」を基準にしている人よりは自分の人生のハンドルを握ることが出来ているような気がします。
あの孫正義さんも、無数のシミュレーションを行い、最悪のパターンをいくつも想定して準備すると話していました。
周りから見れば不測の事態でも、本人が事前に想定できている範囲の事態であれば、準備もできているので、対応も早いし被害も最小限に抑えられるということです。
#想定の範囲内
少し話が逸れましたが、「今の自分にとって必要なのか」という判断基準を持つことは今の自分にとって重要です。
#当たり前
これとは切り分けて、5年後・10年後どうなっていたいのかを想像し、その時の自分が必要としているか?というもう一つの判断基準を持つことが未来の自分にとっては重要です。
常にこれが出来ている人の口から出てくる言葉は、
「あの時、あの経験を積むことが出来ていたから今の私がある」という感じになります。
もしかすると、この言葉に加えて”あの言葉”が続くかもしれません。
これを、運と呼ぶのか実力と呼ぶのかは正直分かりません。
というのも、本人からしてみても、未来の自分に必要”かもしれない”という不確定な未来に対する決断を過去にしているわけです。
なので、想像した未来が確実にやってくるわけではなく、想像した未来のうちの一つが”たまたま”やってきただけだから。
未来の自分へ向けたギフトとして、今の自分には必要ないかもしれないことを継続するという決断が必要になるかもしれません。
ま、今の自分に必要無いと感じることって、続けるのしんどいんですけどね。
じゃ、またね~!