![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/71537140/rectangle_large_type_2_eda47c4e35bedf7cbe92439b0da7d961.png?width=1200)
サカナクションの『シーラカンスと僕』を聴いて
こんにちは。まさです。
僕はサカナクションが好きで彼らの音楽をよく聴いております。曲を聴いていると、どういう心境でこの歌詞を書いたのだろうか、と考えることがあります。
コロナ時代に突入して以降、サカナクションの山口一郎氏(Vo.)は不定期でインスタライブを開催しており、曲解説をしてくれることがあります。
本人の解説を聞いて学ぶことも楽しいのですが、自分なりに咀嚼をして楽曲について考えることもすごく好きです。
そこで楽曲を聴いて自分なりに感じたことを、綴っていこうと思います。今回は、サカナクション4作品目のアルバム【kikUUiki】に収録されている「シーラカンスと僕」という曲です。
曲名にも登場する”シーラカンス”は生きた化石とも呼ばれ、その姿が3億年以上前からずっと変わらない生物です。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/71537326/picture_pc_f210596d1bee6ad5aebda7c444913568.png?width=1200)
この曲は、深海に潜み住むシーラカンスに、自分(山口一郎氏)の姿を投影して描いた曲だと思っています。
以下、歌詞について自分の考えをまとめてみました。
眠れずにテレビをつけたら 夜に見たニュースと同じで寂しくなったんだ
なんだかもやもやして寝付くことができず、深夜に暇つぶしにテレビをつけたときのこと。繰り返し同じニュースを放送していて、かわり映えのない映像に対して、世界が止まってしまったかのような虚無感を覚え、自分ひとりが取り残されてしまった寂しさを表しているのではないでしょうか。
空が海 見上げた雲は泡
おそらくこの歌詞の示す場所は”深海”であり、カラーイメージで言えば濃い藍色、もしくは真っ黒という感じでしょうか。
深海という場所からずっと上に向かっていくと、やがて太陽光が差し込んできます。
闇に染まる深海のはるか上には、太陽光によって照らされた海が広がっています。深海から見上げた頭上の海のことを”空”と呼んでいることから、シーラカンス視点で描かれた歌詞なのでしょう。
また海中の泡がふわふわと漂っている姿が”雲”を連想させます。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/71537365/picture_pc_df537f2f8c61f1143d438703b51e548e.png?width=1200)
青い目とウロコで うろうろする僕はシーラカンス
『青い』という単語から”若さ”や”未熟さ”という意味を連想しました。シーラカンスが深海で泳ぐ姿を、未熟な自分があてもなく彷徨っている姿に擬えていると感じます。
どこかへ走り出しそう さよならする深い夜から
『深い夜』という歌詞は、山口氏が抱える悩みのことを指しているのではないでしょうか。どこかへ走り出すように一歩前へ踏み出すことで、悩みを解き放ちたいという気持ちが表れているのかも。
灰色のビルはまるで珊瑚礁
灰色という色のイメージはどこか無機質さを感じます。都会(東京など)には数多くのビル群が立ち並び、自分たちを囲っています。
海の生物が珊瑚礁に囲まれて生きているのと同じように、ぼくたち人間は無機質なビルに囲まれて生きています。時として圧迫感を感じ、また孤独感を感じることを表現したのではないでしょうか。
息切れしてシャローを目指し泳ぐ 静かに静かに
シャローとは釣り用語であり、水深が浅い場所のことを言います。深海から浅瀬を目指し息切れしながら泳いでいる姿から、必死さが感じられます。
曖昧な若さを無理に丸めゴミだとした
音楽活動をがむしゃらにやってきた自分たちが世間に受け入れられつつありながらも、決定打がない。いまの漠然とした”曖昧”な方向性しか決められない”若い”自分自身を捨てて、これから変わっていかなければならないと、もがき苦しんでいたのかもしれませんね。
この曲が収録されたアルバムがリリースされたのが2010年であり、このときの山口氏は30歳です。年齢のことも焦りを与えるきっかけになっていたと個人的に感じました。
どうか僕が僕のままあり続けられますように どうかどうか
変わっていく必要性を感じ、変わっていく決意をすると同時に、今の自分のアイデンティティは失いたくない、全く新しい未知の姿になるのではなく、今までの自分軸から新しい姿を形づくりたいという想いを感じます。
p.s.
メロディラインも曲の始まりと終わりではだいぶ印象が変わります。始まりは深海にひっそりと潜む静かなイメージですが、曲の終盤では疾走感のある感じです。歌詞ともリンクするように、深い海の底から浅瀬に向かって必死に泳いでいるようです。
この時期の山口氏は、「今の自分のままではだめで、もっと変わっていかなければいけない」と思い悩んでいたのだと歌詞から想像します。しかしながら、どこへ向かって行けば良いかは明確にはわからない、そんなもどかしさも覚えます。疾走感あふれる曲後半のメロディからは焦燥感も感じます。
この曲は自分がサカナクションにはまっていくことになったきっかけの曲の1つなので、思い入れがあります。大切な曲です。
以上です。