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うきしお

からからに乾いたテトラポットでくつろぐ礒ひよどりときたら
唄うことも忘れ
波音に調子を合わせて頭をゆらして
儚き夢の続きを追っている。
そして
夙夜飽きもせずに
永永と
網打つ海人小舟にも素知らぬ風情

銀鱗による饗宴たけなわの魚群のみが
喰らえよ かわせよと叫びつつ どこでもいいどこかへと四散してゆく

魚子 魚子たちよ つん逃げろ 命の果てまでつん逃げろ

川口めざしてばらばらと
ひと群の魚集が影裏へと逃げ込むや 
だしぬけに暗冥の堅い扉がさっと開いて
行く手前方に無間堕獄の気配

簗の世界の右往左往を尻目に
河辺を彩る老山桜ときたら
気荒い磯風に若葉をいたぶられるたびに
おのが無力さにはっと気づいて悄然となり
……されど されど詮方なく

その間にも虚しき言挙げに似た風音がざわめき渡り
袖手傍観は浮世の習いかな 憂世のためらいかなと
そればかりを訴える

すると浅緑の野辺の山から大風がどうどうと轟いて
気弱な夕汐風を一喝する
 
冥漠で寂しくさすらう者たちを
もう忘れてしまったのか

容赦ない風のせめぎ合いに銀葉を翻弄されながら
老山桜の思いは三世を行きつ戻りつする。
あまりよいことはなかったと過去世に肩をすくめ
塩風に塗装が褪せた木造駅舎の 
うつつ駅をふりかえる。
そこにあるのは無事安穏の現在世。
ようこそ うつつ温泉海水浴場へ と
季節はずれの看板が風にかたかた揺れている

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1,510字

芥川賞作家・丸山健二の超訳「白鯨物語」(原作・メルヴィル「白鯨」)の連載を始め、小説、コラム、エッセイなどを収録した、言葉を駆使するエクス…

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