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バームクーヘン <140字小説まとめ6>
Piece 49
自分がこんな風になるとは思ってなかった。久しぶりに会った彼女に、彼氏がいるか聞いたら、はっきりと答えないのでいるのだと思った。そいつがしないようなことをしなければならない。エスカレーターでキスするのは古典的かもしれないけど、言い訳するなら顔を寄せて振り返ったのは彼女だったんだ。
#言葉の添え木「あなたにしか出来ない事」
Piece 50
彼女に会いたくなかったのは、きっと彼女は昔のまま、世間に抗ってたとえ小さなことでも自分が納得する生き方を踏みしめるような、そういう生き方をしてるだろうなって知っていたからだ。周りを気にして流されながら生きてる自分とは正反対の。彼女に会うと自分の欺瞞が気になりだし、のそれが苦しいから、会いたくなかった。
#言葉の添え木「今を生きる」
Piece 51
サンドイッチに挟むレタスを綺麗に洗って、水分をよく切る。シャキシャキのおいしいレタス。昔母がよく作ってくれた卵サラダを作ってレタスと一緒に挟む。いつもの紅茶に少しだけ、マーマレードを溶かした。自分のための、朝ごはん。自分だって大切な人間なのだ、と私にメッセージを送る、冬の朝。
#千を繋ぐ物語り
Piece 52
100点を取ることなんて簡単だった。でも、その後が難しいと思う。自慢したらしたで思いやりがないと言われるし、謙遜すれば慇懃だと思われる。その嬉しさを一瞬で消化して何でもないふりをしなきゃいけなかった。大学に入るまでずっとそうしていて、「皆さんが大学受験で勉強してここに受かるまで勉強したこと、本当に素晴らしいですよ」と教授がぽろっと言った言葉に涙が止まらなくなった。
#言葉の添え木「百点」
Piece 53
「友達がいい会社に就職したのも、いい男と結婚したのも、本当は全然うれしくないの。どうして自分はできないのか嫌になって」
「それで意地悪してるの?」
「意地悪なんてしてない。よかったね、とってもうれしいって言ったよ。もちろん」
「嘘なの?」
「…それも嘘じゃないの」
君は、泣いていた。
#言葉の添え木「嘘だとしても」
Piece 54
確かに酔っていた。
「俺が好きって言って」
一体何の話なんだ。
「好きじゃないもん」
「いいから言ってみて」
「なんで?」
「いいから」
「好きじゃないよ?」
「知ってるよ」
「西都、好き」
「俺も麻里香が好き」
知らない間に隙間はもうない。
「…嘘なんでしょ」
「嘘つけないんだ。麻里香と一緒でさ」
#言葉の添え木「幸せな嘘」
Piece 55
皆どうしているのだろう。自分の思っていることが、最低で冷酷な時。でもそれが本当に自分が思っていることで、正直に生きようとすれば言わなくてはならないという時。最低な人間なのは嫌だけど自分は変えられない。言葉にした時の残響に吐き気を覚える。けれど私はあなたに別れたいのだと言った。
#言葉の添え木「別れ」
Piece 56
あなたはパッヘルベルのカノンが好きだと言って、私は大変月並みだと思ったが、それでもやはり私も好きだったので、弾いてあげたらとても喜んでくれた。子供の時はピアノを人に気に入られるためにしていたが、その時から心軽く弾けるようになった。これは楽しみのためにあるのだとなぜ早くきづかなかったのだろう。
#言葉の添え木「カノン」
Piece 57
よく仕事の昼休みは一人で歩きつつ、いかに現実から逃れるか考えていた。音楽を聴きながら歩いてさえいれば死からは逃れられた。その日も小さい道を見つけてそこに入り込み歩き続けていた。そのレストランを見つけたのは何かの縁だったのだろうか。レストランの名前は『カフェ・グラタン』だった。
#言葉の添え木「縁」
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以下のお題と企画に参加させていただきました。ありがとうございます。
@TSUBAKI_Aoba様のTwitter企画『#千を繋ぐ物語り』