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080 はちみつを落として

ときどき、頭に浮かぶ言葉があります。
それはひとつではなくて、そのときそのときで色々な言葉が浮かびます。
ほとんどが本の中や映画、テレビ、誰かとの会話の中で出会ったもので、そういった言葉たちがひょいと、それはもう自然に顔を出します。
そして一度顔を出したらしばらく漂っています。

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朝早くごみ出しをしたら、さむくて震えました。
でも、そのさむさが心地良くて、部屋に戻って窓を開けました。
外と変わらない、つめたい空気がすいすいと入ってきます。
そんな中で紅茶をいれると、ふだんはしないのですが、はちみつを落としたくなります。
戸棚から瓶に入ったはちみつを出して、ティースプーン一杯分、熱々の紅茶に入れました。
とろとろと黄金色の蜜が紅茶に溶けていきます。
わずかにカーブしながらゆるゆると、新鮮な風が吹く部屋の中で、少しずつ蜜の落ちる線を細くしながら。
そして不意にとん、と途切れます。

その瞬間、ひとつの言葉が頭に浮かびました。
吉本ばななさんの小説に出てきた言葉で、十年くらい前に読んだ本の中で出会った言葉です。
そのころ、私は吉本ばななさんと村上春樹さんの本を手当たり次第に読みあさっていたので、どの小説に出てきた言葉なのかわからないのですが、言葉が浮かんだ瞬間に吉本さんの言葉だとわかりました。

そして、とてもしあわせな気持ちになりました。
秋のつめたくなりつつある空気の中で、ひとりで紅茶に蜜を落とす私はあきらかに孤独でした。でも、この私は昨年もその前の年にもいました。同じ部屋ではないけれど、同じような場所で、やっぱり肌寒い部屋でブランケットをまといながら、紅茶にはちみつを入れていました。ティースプーンから落ちる、とよとよと頼りない蜜を見つめていました。

昨年は、仕事で悩んでいました。知識も経験も足りなくて、とにかく情報を集めなければ、ともがいていました。知らないということが恐怖だった秋。

その前は、自分と向き合っていました。このまま仕事を続けるか、変えるか、だれにも相談できずに目を閉じて考えていました。雲のように不安定だった秋。

それぞれ、夢や人の感情や未来といった目に見えないものを見ようとした、苦しく愛おしい濃厚な日々。

はちみつを落としながら浮かんだ言葉。
そこから、過去の私に会えました。

どこかで結果をわかっていながらも努力し続けた日々。
無駄ではなかったな、と思いました。がんばってきてよかった。

「思い出が私を豊かにする」
そんな素敵な言葉に出会えてよかった。

はちみつを落としながら、そんなことをとろりと思った小さな朝でした。


今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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