本当に演奏ができなければ音楽を評論してはならないのだろうか?
先日、長年メタル・ブログを続けてきた方がそのブログ上で引退を発表されていた。
"文章を読む・書く" という文化がどんどん減退している世界で同じ "文章を読む・書く" を続けている身として、とても共感できたし、素直にグッときた。
たぶん、書き続けるってみんなが想像するよりも遥かにしんどい。とにかく、モチベーションを保ち続けるのが難しい。得られるものだってほとんどない。仕事じゃないならなおさらだ。
そんでちょっと油断すると、"だったらあんたも書きなよ" としか言いようのない薄気味の悪いリプライや引用、マウンティング・ゴリラにお気持ち表明もヒュッヒュッと飛んでくる。好きじゃなきゃ、情熱がなきゃ続けることは本当に難しい。
だからこそ、それでも書き続けている在野の士たちを僕はリスペクトしている。彼のその文章はとても素晴らしかった。心が動かされた。
ただ、ひとつだけその文章でひっかかったところがあってね。
彼は "バンド/楽器の経験や本格的な知識がなければ評論してはいけない時代" になったことを、自身の引退理由のひとつにあげていたんだ。
本当にそうだろうか?
たしかに、スポーツの世界では元選手が解説を務めることが多い。
例えば、僕の大好きな F1 でも、中野信治さんや片山右京さんは解説に欠かせない存在だ。当然だろう。あのコクピットに収まったことのある日本人なんて、まだ20人にも満たないのだから。専門的な知識だけじゃなく、実際の経験、体験を語れる人はとても重要だ。
だけどね、視聴者は元選手の解説だけを楽しみに見ているわけじゃないよ。
ぜんぜん元 F1ドライバーじゃないけど、川井ちゃんの分析やデータベースはまさに生き字引だし、ラウパでもおなじみサッシャさんの翻訳力、会話力、状況判断能力もズバ抜けている。ふたりとも、F1放送には不可欠な存在だよ。
サッシャさんなんて、時にはファン目線で話をしてくれるから、逆に元ドライバーからは得られない視点や情報があったりするんだよね。結局ね、見たり読んだりしている人のほとんどは、プロじゃなくてファンなんだから、ファンと同じ目線を持てることもまた大切なんだろうね。
それに、わかっていると伝えられるはまた別じゃない?伝えるの中でも、語れる人が書けるかといえばそうじゃないし、その逆もまた然り。川井ちゃんや森脇さんみたいに、語れて書ける人なんてそうそういないんだよね。元選手で書くのが得意な人も、そう多くはないはずだよ。
要はさ、そのコンテンツに対する愛情と、情熱と、学びと、伝える意欲さえあれば、実際の経験がなくても必要とされる存在になれるってことなんだよね。
だからね、楽器が弾けなくたってどんどんアウトプットしていいんだよ。書いても語ってもいいんだよ。大丈夫なんだよ。
例えば、じゃあプロのライター、メタルで言えばBURRN! の人たちやマサ伊藤が、ピアノもギターもドラムもいけて絶対音感持ちの僕より楽器ができるかっていったらぜんぜんできないわけじゃない。理論も大して知らないわけじゃない。ロシア語でデレることだってできないわけじゃない。弾けて書けるのは Tak 米持だけ。
それでも彼らは多くの人に求められて、仕事になっているわけで。書く能力、語る能力を研ぎ澄ませば、それは楽器と同じでやっぱりどんどん伸びていくんだよね。伝えられるんだよね。かっまーえ、かっまーえ。
ただもちろん、楽器ができること、理論を知っていることは音楽について伝えるときにマイナスになることはない。演奏や機材解説の動画なんて本当に進化しているし、需要もすごいよね。だから、逆に伝えたいから楽器を始めてみるのも楽しいかもしれないね。
書くにしたって、複雑な音楽について書くときに、複雑だ難解だテクニカルだで終わるところを、ここがこういう変拍子でこんなコードを使っているからスリリングだと説明できるからね。
もっと言えば、例えばギターの解放弦をプリングオフしていくようなリードは、たぶん弾いたことのない人には華々しくてすごいテクニックに聞こえるだろうけど、実際はぜんぜん難しくなかったりする。
だけどね、それがわからないからと言って、書き手としてダメなわけじゃない。もっと、リスナーの心に届く音の色を届けられるかもしれない。作品のストーリーを伝えられるかもしれない。感情の起伏を描写できるかもしれない。アーリャにケダモノと呼ばせられるかもしれない。
最初は、ツイッターの140文字からだってかまわない。最初は仲良しのフォロワーさんからしかいいねが来ないかもしれない。だけどね、きっとだんだん伝えることの楽しさに目覚めてくるはずだよ。押し付けがましく勧める必要はない。ただ、伝えるんだ。そして、慣れてきたらいつか長い文章を書くことにも挑戦してほしい。
だって、声のなくなった音楽世界なんて寂しすぎるから。何よりも、アーティスト本人がきっと感想を待ち望んでいるだろうから。そして、もっともっと、インターネットに素敵な音楽の "手がかり" や "道標" が増えて欲しいから。