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入院日記 12日目

昨夜はなかなか寝付けず、Spotifyで音楽を聴いたり、Voicyでラジオを聴いたりした。
とある方がおすすめしていた、最後に聴いたオーケストラは眠る前の音楽としてはミスマッチだった。華やかな宮廷音楽みたいで、ますます目が冴えそうになったので、途中で停止して、イヤホンを外し、スマホの電源も切って眠ることにした。
23:00頃には眠っただろうか。

5:30起床。
6:10ブラインドを開ける。川沿いの道は今日はしずかでひと気がない。そうか、今日は日曜日。いつもの出勤ラッシュはない。
今日もくもりの空。
7:00看護師さんの三点セット。きのうから血圧が低い。もともと低いのだけれど、きのうから80台を更新している。
「かわりないですか」「ねむれましたか」の質問に「はい、大丈夫です」「ねむれました」とわたし。看護師さん「よかったです」。
昼・夜と交代で担当してくれている看護師さんは2〜3回目の方ばかりになってきて、それも安心にも繋がってきた。日常みたいに。

左手の傷口の治りが、新たなステージに入ったのか、きのうの夕方からちがう痛みになった。ズキズキしてたのとはもう違う。つっぱる。こわばる。でも、我慢できないかんじではない。
きのうのリハビリでも言われたけれど、五本の指は少しずつ動くようになっている。
毎日のちょっとずつを見逃さずに褒めて見守っていきたい。

人間の自然治癒力ってすごい。
生きてるんだ、生きたいんだって生命力をかんじてる。(2004年あたりの強制終了のときとは、ここが正反対だなぁという記録)
日当たりがいい、この病室で過ごしている日々は、窓ガラス越しではあるけれど、太陽を浴びることができてるのも心身ともにいい影響があるだろう。
食事として栄養を取り入れること、ベッドでゆっくり休むことももちろん治癒につながること。それから、現実には見えないことだけれど、エネルギー的なことも関わりがあるはず。入院を聞きつけたうちの数人の友人たちは、レイキやエネルギーを遠隔で送ってくれた。ちゃんと届いてます。受け取りました、ありがとうございます。みんななんてやさしい…きっとそれは愛なんだと思う。わたしも少しずつお返ししていきます。

これからの未来は、目に見えることが全てじゃない、こうして感覚を信じたりインスピレーションで行動することが当たり前になっていくといいなと思ってる。もちろん今もそう感じている方はたくさんいるだろう、でももっと世間体を気にしなくなったり常識を覆すような、肩身が狭いなかに閉じ込められたものではなくて、開かれた世界になるといいなぁーということを願っています。
だから、わたしもそうなるようにできることから行動に移していきます。


話は現実的なことに戻って。
西洋医学での切開手術の経験なんていうの初めてだから、これからどうやって傷口が治っていくのかはわからない。時間もどれくらいかかるのかも知らない。
いつもならわからないことはググったりしてしまうけれど、それを知って比較してしまうのも想像がつくし不安になるのもいやだから、左手以外はこころも身体も元気で時間はあるんだからそんなことに囚われないようにしたい…という気持ちが芽生えている。
これも、自由を目指す・改革精神の強い太陽水瓶座(水星も)の性質のあらわれ?
常識なんてのはぴゅいっと飛び越えていきたい。大人の知性や思考も働かせながら、知的に邁進していきたい。
普通とか、当たり前とか、一般的とか…そんな時代はもう終わりなのだから。

すべての運命を受け入れた。
行き先は誰にもわからないもの。
だから、おもしろくもある。
知ってたら、それはつまらないゲームでしょう?

平和な時代の訪れと、ひとりひとりが輝く未来を信じています。


9:30今日はシャワーはなくなって、病室の前の洗面台で看護師さんのサポートのもと自分でできる患部の洗浄を(きのうと同じ天使の看護師さんだったから安心できた)。そのあと少し痛みがでて、横になる。
11:00かみさま登場。と、途中まではよかったのだけれど、後半に爆弾発言が。
こころがえぐられる。ってこういうことだ。
もういやだ、こわい、やりたくない、どうしたらいいの。
今すぐに決めることではないけれど、今週中に何か大変なことになってしまうかもしれない。
経過は順調で良好なはずなのに…
ここにこうして書きだすことで、なんとか息をする。

こんなことってある?
西洋医学って、、不審に思ってるのはそういうところだ。
さて、どうなるわたし?
こうやって書いて、冷静さを取り戻してるつもり。

わたしの気持ちにもちゃんと寄り添うよ。いつもこころを後回しにしてしまった結果が今だと思うから。自己犠牲しない。
やだやだやだやだ、こわいこわいこわい、やりたくないやりたくないやりたくない、、わたしにも選択権あるよね。
みんながいいと思う方、常識えらばなくてもいい?でも現実的肉体に抱えたこの傷はどうなってしまうのかな。病院側がいいと思う方を選ばなければもう面倒はみてもらえないの?自己責任で傷を抱えたまま生きなければいけない?
あえてまた新たな傷を抱える方を選択して、また痛みを伴うのをなんて選ぶなんて、、したくない。切ったり貼ったりなんてやりたくないよ。
もう今の傷を癒していくだけでも充分じゃない?
元の身体に戻ることは望んでいないよ。

この傷を何かの証にして生きていくのではだめですか?
もう言いなりにはなりたくないです。



と。 
怒りが湧いてきたり(怒りの正体は悲しみ)、ふて寝したりとか…
しばらく落ち込んでたけど、夕飯にプリンがついてきてちょっとうれしかった。それくらい、今は気持ちを持ち直しました。
夫が面会に来たときにチラッだけど聞いてもらえたのもあるかもしれない。痛いの苦手なのにごめんね、ありがとう。

夕飯はめずらしく、おかゆ半分以上とおかずも残してしまった。あまり食欲がない。ごめんなさい。(入院してから食に対する欲はない。出されたものをただ食べるだけ、わたしの左手の血肉の素になるように)


《その他のできごと》
・14:00作業療法士さん。今日もマリアさまのやさしさと癒しの時間。「きのうよりだいぶ動きがいいですね」と言われてうれしい。いつもリハビリは午前中で済んでいたけれど、今日は午後だった。
ここに居ると予告なしの予定変更は日常茶飯事→柔軟になるためのトレーニングと思ってる。いつかの日記でも書いたけど。
・14:30家族の面会。作業療法士さんとバッチリ入れ替わるタイミングで、夫と娘が来てくれた。お芝居みたいでちょっと面白かった。
娘とは2日ぶりに会う、なんだか大きくなったな〜と心のなかで思う。音楽会までには必ずお家へ帰るね。お母さんがんばるよ。
・入浴なし
・16:00天使の看護師さんが昼の担当終わります。と、様子見をかねて告げに来てくれる。また担当になってほしい
・17:40夜担当の看護師さんが担当のあいさつと、三点セット。この方とは初めましてな気がした。
・左手のこわばりは、午後にはだいぶ楽になった。よかった
・時間があれば自主トレをしている。教えてもらった、関節曲げ伸ばし、グーパーと右手でサポートしながらやる。
左手さんに話しかけながら、個人的に思いついた指の付け根回しも取り入れたりしてる(これはヨガ教室で教えてもらったののアレンジ)。指一本一本と丁寧に向き合う。今までずっと酷使してきた、わたしの手。ケアと言えばハンドクリームをぬったり、薬局のクリームを塗ったりするくらいで、ずいぶんとマッサージなんかもしていなかったな。手先が器用な方だからって、なんでも使いすぎてて疲れてたよね。酷使してたと思う。薄々はきづいてたのにずっと止まってあげられなくてごめんね。
・気分転換にネットフリックス。2周目のボーイフレンド2話をみた。一旦、現実を忘れられた。午後は現実逃避ぎみ。こんな日もあるよね
・トランジットの月は獅子座から乙女座へ。乙女座は健康や体調管理にまつわるサイン

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