春のコートの話
春のコートを2枚持っている。
シンプルなベージュのノーカラーのものと、茶とブルーのリバーシブルのものと。
春コートの軽くてさらさらした手触りが好きで、年が明けるとすぐ、『春コート、準備しなきゃ!』という気持ちになる。
しかし。
私にはいつから春のコートを着ればいいのか、タイミングをはかる力がない。
2月の半ば、まだまだ冬の厳しさが続く中、電車には少しずつパリッとしたトレンチコートと無地の落ち着いたマフラーを身につけた素敵な女性が現れ始める。
私が好きなのは深い紺色やライトグレーのマフラーとの組み合わせ。
さぁ。時はきた!と思うのだが、踏み出せない。『いやいや、まだ寒いぞ』と思ってしまう。
『行きは良くても帰りは寒いはず』と思ってしまう。
帰り道、そんなに寒くなくて、やっぱり駅で素敵な女性を見かける。
いいなと思う。
よし、明日こそは!って思う。
でも『寒かったら嫌だな』と尻込みする。
世間が春コートで溢れてきたら、私も安心して着る。
たまに暑い時がある。来年こそは先取りして着たい、と思う。
この繰り返し。
先日、お洒落が上手な友人に聞いてみた。
『春のコートはいつから着るものなの?』
彼女の答えは『分からない』だった。
でも、昔テレビで『お洒落は我慢』と言っていたと教えてくれた。
お洒落は我慢。
寒くても我慢。
なるほど。
私に足りなかったのは我慢。
本当に?
我慢しなきゃお洒落になれないなら、私には一生無理な話かもしれない。
なんてこった!
でも想像してしまう。
あの電車の女性たちもそう思っているのかしら。
私みたいに『明日はどうしよう』と迷ったり、『しまった!今日は寒かった』と思ったりするのかしら。
だとすると、少し親近感が湧いてくる。
もちろん他人の私にそんな我慢や心の内を見せる訳もなく、今日も乗り合わせる女性たちはとても素敵だ。
そんなことを思いながら、春のコートが増えてきた電車で今日も仕事に向かう。
今日はベージュのノーカラーのコートを着て。
車内はちょっとだけ暑い。
春コートの季節はあっという間に過ぎてしまう。
楽しんで着よう。