ねばねばごはん

冷凍オクラはいい。コンビニで買える。そこに豆腐、納豆、めかぶ、長いもなんかを入れる。オクラをベースに愛ができあがる。めんつゆを入れる。人間の夏ができあがる。コンビニで全て揃う完全なるみんなの栄養だ。どんぶり一つですみ、するんと食べて終わる。混ぜ混ぜしてもいい。未来人よくペースト食べるけどあれの元ネタがこれだ。いずれ人類はみんなこれを食べる。何故かは明白だ。コンビニで揃って、栄養で、完璧だからだ。みないつかはオクラになる。オクラから成分を作られるということだ。


仕事は6時きっかりに終わった。職場の駐車場にしみた雨はコンクリートから皮膚を抜けて舐るような夕暮れに上っていく。僕はこの時期の空を見ると不思議な、なんとも言えない気持ちになる。この雲の色が、この感情を呼ぶんだろう。溶け出した空気に手をかざし、人差し指の先から芽がでるのを待っていた。

プツリ、と音がして、人差し指の爪の間からやわらかな蔓が伸びた。うす伸びやかな新しい生き物は、僕の養分を吸って、星の瞬き始めた空へと伸びていった。その速度はぐんぐん伸び、時速40キロくらいのスピードになった頃には、僕は完全にオクラになっていた。人間だった頃、夏の植物はよく伸びると驚いたことがあったが、今はわかる。僕は光があればどこまででも行けるのだ。夏の雨上がりの夕暮れは、果てしないエネルギーで僕を宇宙まで連れて行く。蕾が月明かりに照らされて、ゆるやかに膨らみを広げていった。我ながら驚くくらい巨大で美しい黄色の花びらは、光の粒をみずみずしく散りばめて燦然と輝いていた。加速度的に広がる葉の影は、かつての職場を完全に覆い尽くした。

所長、ごめん。あなたの職場、葉っぱで隠しちゃったよ。

小さな地響きを感じた。所長のバンが職場に向かって走り、小さな所長が空を見上げている。かわいいね。もうすでに僕は目と呼ばれる器官は失っていたが、それ以上に空気の響きや感情(空気にも感情ーーそれに似た、においのようなものがあるんだ)で彼の様子はよく分かった。彼は何かを持っている。どんぶりだ。それにコンビニの袋。

中から冷凍オクラを取り出す。セブンイレブンのやつだ。それをどんぶりにいれた。冷凍だとしゃりしゃりして、それもまあ不味くはないけどやっぱり解凍した方が美味しいかったはずだ。レンジはない、どうするのかと思えば、所長はまるで親鳥が雛を温めるようにどんぶりを抱きしめた。人肌で解凍するつもりだ。どのくらいかけるつもりなのかーーしかし、まだ夜は始まったばかりだ。僕は成長を続ける。

街の振動を感じる。ミチルが、いつものアパートに帰って行く音。スーパーの音。電車の音。雑踏。昨日までの僕の世界の音。知らなかった、ムクドリのおしゃべりの音、森のざわめきの音。口がなくても僕は歌を歌えた。僕はミチルに伝えたけれど、彼女は何かに夢中で、気がつくことはなかった。黒い猫が一匹僕を見て泣いた。

その震えは遠くまでーーそう、今や僕の成長は成層圏にまで達しようとしていたーーー響いたようで、つくば市あたりで、なにか反応があったように感じたが、筑波サーキットのレース音だったかもしれない。

所長のどんぶりオクラが解凍された。所長はそこに豆腐と納豆とめんつゆを加え、割り箸で軽く混ぜた。そして僕を見上げながら、ずず…とどんぶりに口をつけ飲み込み始めた。ねばねば系のごはんに一つ弱点があるとするならばそれは、そう、箸で食べづらいという部分である。

そういえば、なぜ僕はねばねば系のごはんがすきなんだろう?

昔、西原理恵子のぼくんちという漫画で、主人公の二人の兄弟の面倒を見ているねえちゃんが二人のためにネギ納豆卵かけご飯を作るシーンがあった。擬音がぐっちゃぐっちゃで、ちっとも上品でないのだけれどそれが妙に美味しそうで。ただそれはとてもハイソぶりたかった僕のお家では食べてはいけないもののような気がしていた。抑圧された僕の心が欲していたのは生身のぐちゃぐちゃなごはんだったのか?

ああ僕はなぜ、人間をやめてオクラになったんだっけ?

それは、

ねばねば系のごはんを、ほんとは食べたかっーーーーーーーーー


それーーーー


抑圧ーーーーーーーーー





















オクラ




いやそんなわけないだろ普通に考えて、なんかもっと詩的な意味をつけなければ…

いや無理…

…ごめん…


そのあと所長は僕を斬り倒そうとしたが、僕はなんか雑念によって人間に戻った。ねばねばはなんかまじないみたいなもの。ねばねばどんぶりを僕にかけたら人間に戻った。ミチルは元カノ。エンジェルフェザー赤井はプロレスラーを辞めようと思っていたが、月明かりに伸びるオクラを見てウェブ詩人になった。私はというと、ねばねば飯を食べながら今日の夕焼け綺麗だったらいいなって思って文章書いたところ。















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