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とある地方のお好み焼き目録

 息子のリクエストと私自身の思いが一致し、先月広島を訪れた。旅行をすると 楽しみの半分は食べるものになる。今回の行き先は広島だから、ぜひとも広島らしいものを食べたいと思ったのだが、旅程の関係で2日目の昼食は旅の主目的である大和ミュージアムのある呉市で食べることになった。

 広島といえばカキなんだろうが、残念ながら私は海育ちであるにも関わらず、海産物で唯一食べられないのが他でもないカキなのである。嫌いとか苦手といったホンワカしたものではなく、若い頃一度アタッてしまった経験から復活を試みること3回、その全てに私の体はのたうち回るほどの反応をした。その時は何かの間違いかもと2回目や3回目に臨んだのだが、毎度発熱を伴う酷い症状に見舞われた。子供の頃はカキ、それも生ガキは大好きだったのだが、私はもう死ぬまであの有名な海の幸を楽しむことができない体になったのだと思っている。よって今回はもう一つの広島グルメの雄、お好み焼きというところに必然的に収まったのだ。

 今まで生きてきて広島のお好み焼きを食べたことがないというのは人生の損失だという思いで今回の旅に臨んだ私。広島のお好み焼きといえば所謂『広島焼き』だろうと思っていたのだが、現地の人は『広島焼き』とは呼ばず、単に『お好み焼き』としかいわないということも今回初めて知った。調べてみるとネット上でその名称について揉めたことや、TVニュースでの表現で騒ぎになったこともあったようだ。思うにお好み焼きがソウルフードだと自負する彼の地では、わざわざ『広島』と付けなくとも自分チの『お好み焼き』でしかないのだろう。きっと『広島焼き』という呼称は、イチビった大阪人が自分たちの地域にもある『粉モン』のメニューと区別するためにわざわざ創作したのだ、というのがホントのところなのかもしれない。

 閑話休題。
 できるだけ地域の人が美味しいという評価を付けた店に行きたいものだと、電車の中で呉にあるお好み焼き店を調べてみたのだが、ネット上で呟く広島県人曰く、呉には『呉焼き』なる独特の逸品があるという(『広島焼き』とはいわないのに、ホントに『呉焼き』と呼ぶのだろうか?)。なんでもホルモンがゴロゴロ入っているらしいのだが、情報を頼りにたどり着いたその店は、呉駅にほど近いところにあった。半分オープンエア状態であり、例えるならガレージのシャッターを開けた形状といえばわかりやすいだろうか。昼にはまだ少し時間があったものの、店の内外に客が溢れていた事実が人気の程を物語っている。しかし誰の行いが良かったのか、運良く私たちはわずかに残った空席に、待たずに滑り込むことができた。

 店主と思しき焼き手が、眼下のメイン鉄板で14,5枚を同時に焼く豪快な絵面は、それだけで圧巻である。席についた私たちは 焼き手の鮮やかでガサツ(笑) な手さばきに目を奪われた。思うにお好み焼きほど繊細な手捌きが似合わない食べ物があろうか。ガサガサッとドッヒャーとやるからお好み焼きなのである。

 とうとう我々の前に注文の品がやってきた。と、一目見て驚いた。『コレを漫才といえるのか?』ならぬ『コレをお好み焼きといえるのか?』である。なんとなればその一品は、繋がりがほぼないので、『一つ』とか『一枚』といえる形状ではなかったのだ。『コリャ野菜炒めではないか❗️』思わず私は叫びそうになった。そもそも上から見ても丸くない、でこぼこのその佇まい。ソースとマヨネーズをかけなければ、もはやお好みであることはわからないシロモノである。

 野菜の小山になったそいつをコテで切り取る。その繋がりが少ししかない野菜炒めを頬張ると、滋味が口一杯に広がった。美味い。ゴロゴロホルモン(テッチャンだろう)も評価の通りだ。しかし還暦の胃には脂が少々エゲツなく、テッチャンの脂身はコテで少し削って食べることになった。歳はとりたくないものだ(笑)

 いやしかし大阪のお好み焼きとこうも違うとは。私は美容学校時代 テキ屋のオッちゃんがやってる屋台でしばらくの間タコ焼きを焼いていたが、お好み焼きもタコ焼きも、小麦粉を溶いた液体が熱で固まる中に具材が入っているという形状であるが、はじめてその原理に基づかない粉モンを知った。いや、やっぱり日本全国アチコチ行ってみるものだとしみじみ思う。

 大阪に帰った私は友達の広島県人数人に訊いてみた。『君の知ってるお好み焼きはどんなの? やっぱり一体化してないのかい?』と。すると面白いことに言う人によってその形状は違うのである。広島という限られたエリアの中でさえ、少し地域が違えば面白いほど差があることがわかった。多様化流行りだが、こんな多様化ならいくらあってもいいなぁと思う。

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