少年の涙
我が家の目の前にスーパーがある。一角にはベーカリーがあって、美味しそうな匂いとともに色々なパンが並んでいる。その売り場の中には子供のこぶし位のパンがズラリと並ぶ人気のコーナーがある。小袋とトングが置いてあってその袋の中に、客が好きなパンをどれでも10個入れられるようになっている名物コーナーである。それで300円という価格も良心的で、老若男女でいつも賑わっている。
ある日、レジに並ぶ私の前に小学校2,3年生位の男の子がいた。手には例のパンの袋を持って。順番が来て台の上に袋を置いたその少年に向かい、レジのオバさんがふとその子に聞いた。「パン少ないんと違う?10個入れた?」。袋の中のパンの個数がおおよそわかるのだろうか、長らくレジをしていればこその優しい問いかけだ。すると、その男の子は戸惑いながら「・・・9個しか入れてない」と言うではないか。レジのオバさんは「10個入れていいねんで。おばちゃん待っといてあげるからもう1個取っといで」と後ろの私に目で了解を取りながらそう言った。と、その男の子はまごまごしながら何故か涙目になり、「9個でいいってお母さんが言った」と言うではないか。もし10個は食べ切れないから9個でいい、という意味ならばなんと大阪の子供らしからぬセリフだろうか(笑)? 動きが完全に止まった少年の目からはいよいよ本格的に涙がこぼれていた。・・・私は何がなんだかわからない。
レジのオバさんがゆっくりとした口調で優しく尋ねた。「どうしたん?パン9個やん。損やで?」と。少年はもうどうしようもないと思ったのか、ヒクヒクしながら口を開いた。「この前な、パン買うて帰ったらな、袋にな、ワザとちゃうのにな、11個入っててん。帰ったらな、お母さんにズルイことはしたらあかん、メッチャ怒られてん。ほんでもな、ホンマにわざとちゃうかってん。だからな、俺な、イズミヤ行って1個返してくるって言うたんやけどな、お母さんがな、◯◯君(少年の名前だろう)が返しに行きたいんやったら、今日はもうええから、今度買う時に9個だけ入れて買っておいでて言うてん」。つっかかりながら何とかこれだけを言い終わると少年はその場にしゃがみこんだ。
こんな時どうしたらいいのだろうか。私はこの少年のすぐ後ろでレジの順番を待ちながら立ちすくんでしまった。自分が忘れていたものを見せつけられた気がして不覚にも泣きそうになったからだ。しかし考えてみればなんという母親だろう。私は自分の子供にこの母親と同じことが言えただろうか。11個入っててラッキーやな!と言わなかっただろうか、、、。いや、きっとそう言った。そして「11個でもわからへんねやったら次からもできるな!?」くらいは言ったに違いない。考えればこんな恥ずかしいことはない。
こんな母親がいる家庭に育ったこの子はきっと真っすぐで正直な子に育つんだろう。私は美しい心を持った少年を前に、心がきれいに洗われた気がした。そんな春の一日だった。