ココロが動く厄介な原動力
高校を選ぶとき、なにより同じクラスの誰も行かない高校という「ほぼ1択」で定時制高校を選んだ。ある意味で競争率が微妙に高かったが受かった時は本当に嬉しかった。そして普通の高校とはなんか違うらしいという事に、とてもワクワクしたのを覚えている。
10代で就職先を探したときは、実際にはたった2択しかなかった。
それは学校に来た就職案内から選んだからであって、しかも県外だったから。
県外のしかも東京に住めるという事に相当ワクワクしていたわたしは、仕事内容よりも東京に行けるワクワクにばかりに気をとられていたと思う。
半年足らずで出戻って、しばらく休んだ後に見つけた地元の職場も、「映画館」という未知の(当時私にとって)世界で、しかも映画大好きだったのも相まって、ここでもワクワクがさく裂した。
ほとんど在籍中は映画をむしろ観れなかったんじゃないかという、激務を経て、知り合いからイギリスのホームステイ話が来た時も喜んで飛びついた。
これはもうワクワクMax。海外なんて、旅行でも行った事が無い。憧れ中の憧れ。ワクワクしない方がおかしい。
地元でその後、何回か職種、職場を変え、介護の仕事についてから、しばらくワクワクは封印されていたが、どこかで溜まって(貯まってたともいう)いたワクワクは、その後もう一度東京へ行った時の職探しでまた出現し始めた。
学校案内で来ていた頃の「2件」とは比べ物にならないほど、職種、職場はあふれており(当たり前だが)私はある意味選び放題だった。
ワクワクしながら始めのうちは、選び、面接し、落ち、また選び・・・・・
を10数件繰り返し、いくら選び放題とは言え、同じく競争率も格段に高い東京において、ふらっと田舎から出てきた、20代後半の謎の単身女に世間はなかなか厳しく、そろそろ絶望してきた。
密かに最終手段的な考えもあったから、まだお金に余裕があった時は「ワクワク」基準を優先していたのかもしれない。
最終手段とは
借りてたアパートの徒歩圏内に大きな介護施設があったのだ。
ずっと避けていたけどそこなら(多分)経験があるし、だいたい人手不足だから何とか入れてもらえるだろうと最後の最後の手段にしていた。私は介護の仕事が一番続いていて、履歴もちゃんと残っているから最初からそこに絞れば、決まるのが早かったかもしれないが、東京では違う仕事がしたかった。
もっとも、結果的にそこに行かなかったからそれは全く甘い考えで
やっぱりそこも落ちていたかもしれないのだけれど。
ワクワクを優先しまくって、私が最後にと選んだ職場は成田空港内にあるカフェのアルバイトだった。
なぜ急に空港?
なぜ急に経験全くない飲食業?
一応理由はちゃんとある。いやちゃんとしてはいないか、、、。
実は時間はかかるが、空港まで一本で行ける路線に当時住んでいた。なので通うのは時間はかかっても簡単そう(、、、、。)
そして、空港が職場ってワクワクするでしょ?(そうでもない?)
空港に簡単に行ける路線だからか、何回か用も特になかったがフラッと遊びに行った事があって、その度にむやみにワクワクしていた(小学36年生かい?)
結果、そこの系列店の全然違う場所の店舗での採用になって、むしろそちらの方が乗り継ぎはあれど距離は近かったから(そりゃあね)よかったのだけれど。
想像力はある方だと思うが、ワクワクが勝ると、その後の現実的な事は考えないようにしてしまうのだろうか。
ワクワクを基準に選んだ道の方は、楽しい事もたくさんあったが、結構思うようにいかなかったり、理想と違ったり、打ちのめされたり、総合的に振り返ると浮き沈みが激しかった。
ワクワクを封印して選んだ道の方が、どこか安定していて、長く続いていられた気がする。実際続けていられた。
だけど、続いたからと言って、その時の自分の心の動きはどうかと言うと
ひとつも満足はしていなかったように思う。
ワクワクを選んだ時は
泣きたくなるほどイライラしたり、果てしなく疲れたり。
だけど、どこかでいつもワクワクの火種がチリチリくすぶっていて
心はドキドキソワソワ忙しい。
ワクワクは原動力、だけどとっても厄介なものも連れてくる。
それを分かっていても「ワクワクする」をこれからも選んでしまうのだろうか。