初めてのワガママ
私は自分に辛いことがある度、あなたのせいにしていた。あなたに愛されなかったせいで、私はこうなってしまったのだと。
私は父に愛されてこなかった。
私が女だったからかもしれない。
2人の兄のように、父が監督している少年野球のチームにも入れない。
期待されることもなかった。
褒められることもなかった。
見てもらえることもなかった。
きっと私が学生時代、どんな部活に入ってどんな過ごし方をしていたのかも知らないのだろう。
やがて母と父は離婚し、私は母と一緒に家を出た。当時寂しさはなかった。私の中では父と家にいても、家を出ても状況になんら差がなかったから。でも周りの家族の話を聞く度に羨ましかった。いくら親孝行しようと我が家の「温かい家庭」の時代はもう2度と来ないのだから。
その代わりに祖母がたくさん甘やかしてくれた。いつでも私の味方だと言ってくれた。私は親と過ごすよりもいつも祖母と過ごしていた。
そんな祖母が亡くなってから私は孤独感を強く感じるようになった。もうこの世界にわたしの味方はいない。親も誰も頼れない。頼りたくない。親に甘えることをしてこなかったから、誰かに頼る方法がわからない。
いつしか私は、自分の状況全てを育ってきた環境のせいにしてきた。
私がうまく生きれないのは父に愛されていなかったから。家族に恵まれなかったから。
誰にも期待されずに育ったせいで承認欲求が抑えられない。いろんな人に認められたい。認めて欲しい。
その気持ちに間違いはない。
でもきっと認められたいのは大勢の人ではなく父からだったのだろう。
私が自殺未遂をしてから父は本当に優しくなった。昔はずっとイライラしていて、私が夜にドライヤーをかけているだけで「うるせぇ!」と怒鳴られたくらいだったのに。
退院して自宅療養中は毎日夕ご飯を作ってくれて一緒に食べた。父は私の苦手な料理なんか知らないし、今更聞けないのもあってか時々苦手なものが食卓に並んでは気まずい雰囲気になったりもした。けれど父はめげずにご飯を作ってくれた。
今まで2人で話したことなんかほとんどないから最初は何を話せばいいのかわからなかった。会話が続かないからテレビをつけて場を繋ぐしかなかった。どうでもいい芸人のくだらないギャグを大袈裟に笑う父に「無理しなくていいよ」と言った。
「無理して色々しなくていいよ」
「やりたいからやってるんだ」
そう言って父は毎日私と夕ご飯を食べた。
会社から寄り道せず真っ直ぐ帰ってきてくれた。「木曜日は麺の日にしよう」って給食みたいなルールもふたりで作った。
土日は出かけることもせずに私と過ごしてくれた。並ぶのが大嫌いなはずなのに病院には欠かさず付き添ってくれた。
病院の帰り道に美味しそうなパン屋さんに寄って、ふたりでボロボロこぼして笑いながらメロンパンを食べた。
どんなに惜しんでも昔には戻れない。
寂しい想いをした子供時代の自分にいまから愛をあげることはもう出来ない。
当時の罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
埋め合わせのつもりかもしれない。
けれどもう私は愛されていなかったとは思わない。
もう愛されていなかったとは思えない。
昔、叔母に「不器用な人なのよ」と父のことを言われた事がある。
不器用で全てが許されるわけない、と当時の私は憤慨したっけな。
ほんとうにね。
不器用で、下手くそで、わかりにくくて。
そしてとても優しかったんだ。
先日初めて父とふたりで遠出をした。
父が大きなバイクを買ったので乗せてくれる約束をしたからだ。
バイクには掴むところがないので必然的に父に抱き着く形になる。この歳になるとさすがに恥ずかしかった。けれどなんだか嬉しくて私は子供の頃に戻ったように父に抱き着いた。
父は私よりも嬉しそうで、いろんな事を話した。今まで言えなかった冗談をたくさん言った。今まで笑い合えなかった分、たくさん笑った。
「次は海に行こうね。絶対、綺麗だから」
父は照れ臭そうにそう言った。
「いろんなところ、これから連れていって」
この日初めて、父にワガママを言った。
私はずっと自分がこうなったのは家族のせいにしていた。でも違った。私がこうなったのは私自身の積み重ねの結果だ。
もちろん影響がなかったわけじゃない。
子供の頃に今のような父との関係になれたら。
そう思う時はある。
違う人生だったかもしれない。
もっと幸せだったのかもしれない。
でも戻ることはできない。
向き合うべきは昔の自分ではなくて今の自分だったんだ。
私は愛されていたかった。
誰かじゃなくて、家族に。
必要とされていたかった。
大勢にじゃなくて、父に。
もう私は、子供じゃない。
もう私は、愛されたくて寂しくて泣いているあの頃の私じゃない。
もう知っている。
愛され方も。愛し方も。
だからもう大丈夫。
もう私はきっと大丈夫なの。
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