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【人生最大の試練⁉︎】夫婦で育休を取った人の末路〜人生立ち止まってみた人だけが見れる景色〜
どうも!
まるちゃんです!
(しれっと改名失礼しますw)
今日は夫婦育休の価値について、
新しい視点で語りたいと思います。
そのかけがえのない価値とはズバリ、
"ライフキャリアの見つめ直しができること"
ですね。
で、なぜ数ある選択の中で、
夫婦育休がそれを実現できるのか?
今日はそこを言語化していきたいと思います。
まずひとつ、育児休暇を取ることで、
完全に"日々仕事に追われること"からは解放され、
社会から隔絶された気持ちにもなります。
これは良くも悪くもあって、
人によっては社会の一員でなくなった孤独感を
感じるかもしれません。
私も少なからずありました。
それでも"仕事に追われない日々"を得て、
見えてきたのは"自分が本当に歩みたい人生"です。
これが見えるためには、仕事から離れた一方で
育児家事に忙殺されると多分見えません。
これまで母や祖母など多くの親経験者に
子育て初期の記憶を聞くと、ほぼ皆間違いなく
「もうしんどすぎて忘れたな」と
言っています。そうなんです。
これまでの子育てって母の大仕事であり、
母がかなりの責任を担うのが当然だったので、
そんな忙殺しないなんて選択肢はないわけです。
必死です(我々も正直必死ではありますがw)。
それでも時代は進みました。
資本主義のおかげで、
少なくとも物質的には満たされた社会が
ほぼ実現されました。
働き方改革も推進され、一昔前よりも
個人の暮らしの充実を主張し、
守っていける社会が整備されています。
そしてこの状態にこそ、
夫婦育休の最大のメリットがあり、
「忙殺されずに子どもたちと向き合い、さらに自分やパートナーとも向き合うことでライフキャリアを見つめ直す」
という、家族にとってかけがえのない機会が得られるわけです。
まだまだ私も子育てを始めて3年弱ですが、
仕事をしている期間と、育休期間とで、
脳に割かれるリソース配分が明らかに異なり、
育休を取ることで家族に向き合うことって
こんなにも価値あることなんだ!と実感しています。
多くの人は得てして、
"その必要があるかどうか?"
で意思決定をしがちです。
でもおそらく、本当に幸せになるためには、
"必要かどうかは置いておいて、そうしたいかどうか?"
これが判断の軸になるべきだと思っています。
だから私はなるべく長く夫婦の育休取得を選んだし、
保育園の送り迎えも高い頻度で夫婦で行くし、
(他の家庭は大体ママ、たまにパパ)
仕事ももちろん頑張るけど家庭も同じくらい大切にするし、
夫婦有給として2人で過ごせる時間も作ります。
どれもこれまでの常識や、
周りに合わせた行動からは
常軌を逸しています。
もちろん出る杭が打たれないかという
不安がないわけではありません。
でも自分の心の声が言うんです。
「こうしたい、周りに合わせずにこうしたい」と
私は過度に周りに合わせた協調性なんかより、
自分のしたいも尊重した上での、
周りへの対等なリスペクトを目指します。
波風立てないのなんて簡単です。
あまり大きな声を出さず、右向け右をしてればいいので。
でもそれだと多分社会はどんどんネガティヴな方向に行く。
実際に出生率は減り、子育てをしたいと思える若者は減る一方です。
それって社会として問題しかなくないですか?
なんですか?子育てしたいと思えない社会って。
もう体感的には絶滅危惧種ですよ、日本人は。
だからそんな現代の日本社会に蔓延る常識や世間体なんて、違和感があったらすぐにぶっ壊していくんです。
我慢してる人へのリスペクトも持ちながらね。
そうやって強い意志と少しの配慮を各々が少しずつ勇気を出して貫いていけば、社会は必ずいい方向へ変わります。
日本人は優しい。
日本人は平和だ。
日本人は思いやりがある。
今こそ、その日本のいい部分を、
自分の心の声に乗せて貫くべきです。
最後は壮大な話になりましたが、
夫婦の育休ってめっちゃ大事だったなぁと言う話でした!
ではまた!